乙女と怪奇植物

「さあ、お嬢様、こちらの席をどうぞ」


 なにこのムダにツラだけはいい男は?

 ああ、あれか。乙女ゲームの攻略対象ってやつか。最近、殺伐とし過ぎていて、この世界が男共を食い散らかす乙女ゲームだって事を忘れてたわ。

 私は、淑女らしく、穏やかに微笑みつつ、譲ってもらった席に子分達と共に着く。

 前世では、フランス王妃だったのだ。淑女の作法も出来るのよ。断頭台に送られてしまったけどね。


 やっと、学園の授業が始まったのだ。

 地下ダンジョンのオリエンテーションで体育教師がひとり行方不明になり、また延期になっていたのだけど。やっと発見されたそうだ。

 断っておくけど、私は何もやっていない。あいつが、勝手に私を鬼だと勘違いして走って逃げたら、その先に崖があっただけ。救出に来ておいて遭難するなんて、これだから体育教師ってやつは … 。


 学園の食堂も再開した。

 爆破された食堂棟の復旧はまだまだ先になるけれど、旧食堂棟の機能を再整備したのだ。なんでも、旧食堂棟が手狭になったので、新しい食堂棟を建てたのだとか。それが、いきなり爆破されちゃったワケだ。

 

 昼食なら寮に帰れば、いつもの日替わり定食もあるし、前日までに言っておけば、お弁当だって用意してもらえる。

 でも、再開初日だし、「貴族としてまったく顔を出さないワケにもいきませんわ!」とのコバトの助言もあって、食堂にやって来た。

 怪奇植物討伐の報酬として、食券を貰ったしね。

 本来ならば、あの程度は貴族の義務なのだけど。私は、爵位だけで領地も持たない貧乏貴族なので、学園事務が配慮してくれたのだ。


 で、食堂に来てみれば。なるほど。これは狭い。生徒数に対して席が圧倒的に不足している。なんでも、昔はもっと封建的だったそうで、貴族だけが使えればいいと思われていたからだそうだ。

 今は、そういう時代ではない。国の経済を支えているのは、むしろ庶民だ。なので、食堂には身分の差など関係なく、生徒達がやって来る。

 昔は給仕さんが居たそうだけど、今はセルフサービス。定食を乗せたトレイを持ったまま、席を探して呆然とする事になった。

 そこに、ツラのいい男が爽やかに声をかけてきて、席を譲ってくれた、と。


「今のは、誰なの? イケメン13使徒だっけ? それっぽいけど」

「あれは、911くんじゃよ」

「きゅういちいち? ドイツのスポーツカーじゃなくって?」

「伊集院九一一。九月十一日生まれ。38ブラザーズの幼馴染で、大手質屋の経営者の息子だよ。合衆国の自爆テロでもないよ」

「合衆国で自爆テロ? そんな事件があったの?」

「ああ、親分は昭和の女じゃったか。朝からチンケな特撮映画やってんなあ、と思ったら緊急ニュース特番じゃったんよ」

「オーソン・ウェルズの火星人襲来の逆だよね。アレは、マジでビビった」

「わたくしの生まれる前の話ですわ!」

「え … 、まじで … ?」


 周りの人達が、この会話を聞いていたら、どう思うだろうか。

 私達は、ここではない世界から転生してきたのだ。昭和の日本から私、平成の日本からミー、令和の日本からハーとコバト。私達の間でも世代間のギャップがあるというのに、他の人とは異世界間のギャップがある。


「でー、親分? アレも討ち取るんじゃろか?」


 この世界を乙女ゲームとして遊んでいた事のあるミーでさえ、目的を取り違えている始末だ。討ち取るんじゃなくて、手玉にとって弄ぶんでしょ?

 ただし、あの911くんは、討ち取る必要があるだろう。


「あいつ、懐に銃をしのばせているわね」

「え? なんで分かるん? でも、銃は持ってないはずじゃよ」

「設定でも、銃を装備しているのは38ブラザーズだけだよ」

「きっと、中庭で拾ったのですわ!」


 38ブラザーズが中庭で全裸土下座をした時に、パンツと共に放置された38口径の拳銃は2丁。うちひとつはコバトが接収していた。もうひとつは911くんが拾ったのだろう。


「怪奇植物事件は、まだ終わってないのかもね」


 しかし、どうしたものかしらね? 銃で武装した相手に、こっちは釘バットくらいしか持っていない。釘バットは、キョウコ四号機から没収しておいたやつだ。地下ダンジョンで入手した魔法の杖っぽいのもあるけど、使い方が分からないし、打撃系武器としては、殺傷能力が高過ぎて学園内では使いづらい。


 学園内の社交場でもある食堂では、911くんとの遭遇以外には、特に事件は起こらなかった。この世界がゲームである事を考えると、911を始末しない限りは、次のイベントは発生しない。多分ね。


 私達は、放課後になって、怪奇植物の死体? を確認しに来た。


「カサカサに枯れてしもうちょる。あの除草剤、合法なんじゃろか?」

「これなら、よく燃えるでしょうよ」


 私は、トドメを刺すために、枯れた怪奇植物を燃やす事にした。学園の許可はとってある。


「なんて事だい。やはり、美しいだけの公爵令嬢ではないのだね、君は」

「出たわね、911」


 せめて1月9日生まれて、いっきゅう君とかにならなかったのか? きゅういちいちって人名じゃないでしょ。案外と言いやすいんだけどね。


「君は、僕の養分となってしまうがいい!」

「ほげー! さわぐちやすこー!」


 え? なんでここで女優の名が出てくるわけ!?

 911君は、巨大な怪奇植物、いや怪獣に変化したのだった!


 乙女ゲームから、どんどん逸脱してくわー。なにこれー。

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