この板があれば、世界のすべてを掌握できるわ

 彷徨う王子には関わる事なく、私達は図書館へ来た。

 私は、続きが気になっていたラノベの読書を再開する。

 今日も、窓辺の席の日差しが心地よい。


 覚醒した王子が、ユニコーン軍団を引き連れて、監獄へ乗り込んで来た辺りで、情報収集が目的だったと思い出す。

 このラノベ、荒唐無稽過ぎて、この世界の文化や風俗を学ぶのに向いてない。


「オトコの娘で、前世は魔王かあ … なにそれ …」


 思わず呟きながら、本を閉じた。

 結局、1巻のラストまで読んでしまったのだけど、2巻を読む前に、もっと現実的な設定のラノベを探して読んでみようか。

 この世界の現実が、どのようなものか分からないけどね。

 桜並木を彷徨う王子にも、そういう黙示録的設定があったりするかも知れないし。


「ありがちな設定じゃろ? 親分は何を読んじょるんか」

「オトコの娘も前世魔王もありがちなんだ … 。そういうあんた達は、何をしてんの?」


 ミーもハーも図書館で読書をせずに、スマホをいじっている。

 いや、スマホで読書も出来るのだったか。

 便利だなあ。画面が自発光してるから夜寝る前の寝床の中でも寝転んで読めそう。

 寝転んで本を読むと、読書灯の位置とか角度が難しいのよね。


「ニュースサイトのチェック。爆弾テロの件が配信されてる」


 読書が出来て、最新のニュースをチェックも出来るのか。チャットとやらで、遠隔地とも会話してたし、すごいなスマホ。

 昭和だと、役所のロビーなんかにキャプテンシステムっていう情報端末があったけども。あれを、ぐっと進化させて携帯可能な個人専用端末にした感じかな。

 思ってた21世紀とは色々違うけど、技術は進化してるなあ。


「スマホって300円で買える?」


 そんなワケないわー、と思いながらも聞いてみる。


「いや、どうじゃろ? 0円端末なんて、今時聞かんのう?」

「悪魔の契約みたいなオプションてんこ盛りでも無いよ。端末代よりも、維持費を払えないんじゃないかな。親分、無収入だし」


 ああ、そりゃそうか。

 無線で通信しているみたいだし、インフラの構築と維持には莫大な資金がかかる事だろう。昔は、固定電話を引くだけで施設負担金ってやつが必要だったものね。あれは、社会に出たばかりの時はきつかったなあ。

 スマホの場合は、初期コストは少なく済んでも、日々の利用料から、施設負担金を徴収される仕組みか。0円端末なんてのが、かつてあったらしいってのは驚きだけども。


「公爵令嬢なんじゃから、男爵辺りから供出させたらええんじゃない? 婚約者設定の彷徨う王子様でもええかも」

「いや、それはカツアゲじゃないの?」


 やはり私はスケ番なの?

 何の因果か、今じゃ悪魔の手先。スケ番悪魔、タマ・タマヨとは、おいどんの事ぜよ。なんか違うな。


「男爵をいじめなくても、子分が供出するよ」

「あ、ほうか。ハーちゃんは、ガジェットオタクの設定じゃった。引っ越しの荷物の中に、余ったスマホがあったんよ」

「そういう事。学園の構内ならWiFiが使えるから、キャリア契約無しでも使える」

「つまり、スマホがタダで手に入って、タダで使えるって事?」


 私は、ハーちゃん提供のスマホを手に入れた。

 アカウントとか、WiFiの証明書だとか、いろいろと未知の手順だらけだったけど、ふたりの子分のサポートで、なんとかなった。


「昭和の女が、1時間足らずで、スマホを理解して設定完了するとは思わんかった」


 ミーが、驚いている。

 あんただって、生まれは昭和でしょうに。


「私は異世界派遣女だからね。新しい環境への適応力は高いのよ」

「異世界派遣女とは、言い得て妙だね」


 いろいろな異世界を渡り歩いてるからね。いろいろな企業を渡り歩く派遣社員みたいなものでしょ。

 早速、スマホでニュースをチェックする。ハーが言っていた通り、爆弾テロの最新情報だかが配信されている。


「ハマのキョウコの事は、以前から公安が目をつけてたらしいわね」

「親分、ネットの情報はフェイクも多いから、気を付けた方がええよ」


 なるほど?

 確かに、見るサイトやSNSによっては、情報が偏っている。

 この世界は、情報工作が大変そうだわ。いや? 逆に簡単?

 とりあえず、爆弾の件で、私達に司法の手が及ぶ心配は無さそうだ。

 監獄編なんて勘弁だからね。良かった。


「ハマのキョウコを女神と崇める集団まで居るのね」

「この女、適応力がハンパない。もう、スマホを使いこなしちょる」


 情報を制するものは世界を制する、ってね。

 己を知り、敵を知り、世界を知れば、無敵ってやつよ。

 伊達に、前世で天下統一を果たしてないわよ。

 家臣に裏切られちゃったけどね … 。


「ねえ、もっと他に余ったスマホとかないの?」

「もうないよ。フリマアプリで売って、爆弾を作る資金にしたから」


 そうか。お金になると思ったんだけど、もう換金した後だったか。

 まあ、子分のスマホを譲って貰った上に、他のモノまで換金するのは、親分として情けないか。


「地道な労働をするしかないのかしらね … 」

「悪役令嬢らしい事を言いよるわー。さすがじゃわー。労働は国民の義務じゃと言うのに」


 確かに、ミーの言う通りだけど。

 これまでの前世が、王妃や姫様、第六天魔王だからね。

 貢がせるか、強奪するか、だったもんね。


「地道に働いたのは、最初の人生だけかな?」

「ほーん? ちなみに、どんな仕事をしよったん? ワシは、派遣のシステムエンジニアじゃったんよ」

「ウチは、ずっと引き籠りのニート」


 ミーの言うシステムエンジニアってのは、スマホを使えるようにする設備や、スマホで使ってるSNSの仕組みやなんかを開発する仕事よね。

 ハーは、要するに出不精の無職って事かな?

 こういう事も、すぐに手元で調べられるスマホ。便利だわー。


「飛び込みの営業よ。アレは、気合と根性さえあればいいから」

「鳴かないホトトギスを即射殺しそうな親分らしくないんじゃけど」


 私自身、それは思う。

 私も、最初の人生ではハーと同じく、人見知りなところがあった。

 でも、「将来はロックスターか文豪になる」なんて、たわけた事を夢見ていた高校生活が終わってしまえば、私は、何の技能持たない、ただのアホな子だった。

 世は高度経済成長期からバブルへと続く景気のいい時代だったから、仕事は選ばなければ何でもあったけど。それでも、アホの子にさせる仕事は、そんなになかった。

 

 最初は、期間契約で工場勤務。54秒ごとに、同じ作業をずっと繰り返し。

 どんな事だって、全力で楽しもうと思えば、楽しめるものだけど。あれだけは、2度とやりたくはない。

 そろそろ2時間くらい経ったかしら? と時計を見ても、10分も経ってない。そんな無間地獄に居る気分だったよ。


 20歳になった時に、配達の仕事に就いた。

 運転免許は18歳になってすぐに取得していたけれど、仕事で運転するには「運転経験2年以上」っていう制約があったからね。

 配達の仕事なら、ひとりで気楽なもんだしー、なんて思ってたら。新規の配達先を開拓する営業の仕事もセットだった。

 知らない人の家にいきなり突撃するなんて、そんなん無理でしょ、恥ずかしさで死んじゃうでしょ、と最初は思っていたけど。やってみたらすぐに馴れた。

 100軒回れば1軒は話を聞いてくれるし、10軒話を聞いてくれたら1件は契約がとれた。つまり1000軒回れば、1件契約が取れるワケだ。

 4半期ごとのノルマである200件を達成したければ、20万軒の家を回ればいいワケよ!

 田舎町に、そんなに家ねえわ、って気付いた時は、絶望したけどね。


「はえー。親分の根性は、その時に鍛えられたんじゃねー」

「どんな事だって、全力で楽しもうと思えば、楽しめるってのは名言だと思う。これからの私の学園生活もそうありたい」


 今まで誰にも話した事の無い、前世の話をミーとハーに話した。

 前世の話が出来るのは、同じ異世界転生者だからこそよね。

 やはり、今世こそはしくじる事なく、うまくやりたいと改めて思う。

 断頭台も丸焼きも、弾丸を雨あられと浴びるのも、もう御免だ。


 ちなみに、どんな事だって~ ってのは、赤毛の女の子が言ってた名言よ。人生の真理じゃないかと私も思う。

 そうえば、アニメで観たっきりで、原作の小説は全シリーズ揃えたものの、読んでないまま死んじゃったなあ。


「Eの付かないアンの話は、この図書館にあるのかしら?」

「そうさのう。親分が何に配慮して作品名を言わんのか分からんけど、青空文庫で読めるじゃろ?」

「いや、それはありそうでない。翻訳の著作権の関係かも」


 スマホを手に入れたから、この世界の文化や風俗の把握、未知の単語の習熟も、一気に進むわね。

 後は、働く必要がありそうだけども。

 それこそ、どんな事だって全力で楽しむの精神でやっていけばいいわ。

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