彷徨う王子様

 どのみち300円程度では、お弁当ひとつ買えないのだった。

 意気消沈して寮に帰ると、なんと! 仕出し弁当の配給があったのよ!


「公爵令嬢が、お弁当を胸に抱いて涙を流さんでも ええじゃろ… 、ちゅうか、ダメじゃろ」


 おっと、そうだった。

 ミーに言われて、はっとなる。

 公爵と言えば、貴族でもトップクラスの階級なのだ。

 お家は没落したとはいえ、爵位まで失ったわけではない。

 両親が居なくなった今、私がタマ公爵なのだ。

 どんなにひもじくても、その辺の草を食べてでも、凛としていなければ。

 ミーとハーと一緒に、喫茶室でお弁当を食べる。

 ここなら、お茶がタダだからね。

 私の部屋は、キッチンまである豪華貴族仕様なのだけど、茶葉の欠片も無いからね。当然、茶器も無い。ああ、茶器を競い合った戦国時代の前世が、少しだけ懐かしいわ。


「日替わり定食もそうだけど、このお弁当もなかなか豪華よね?」

「ほらあ、この寮は伯爵以上の貴族と王族専用じゃからして」


 庶民用の寮に移っていいから、前納の寮費を返して貰えないものかしらね?

 いや、一度失った権威は取り戻せないのだ。

 腹が減っても高楊枝、は武士の心得だけども、貴族も似たようなものだろう。見栄を張ってこその貴族だ。

 まあ、年中セーラー服着てて、金が無いのはバレバレでしょうけど。


「年中セーラー服着てる公爵なんて顰蹙ものなんじゃないかしら?」


 王妃の時なんて、1日5回は着替えていたわよ。


「いや、それが同じセーラー服を100着持っちょるとか、そういう噂なんよ」

「その噂は、子分Aと子分Bが無理やり流布した噂という設定」

「ありゃ? ほいじゃあ、噂を流さんといけんの? どうやって流せばええんじゃろか?」

「コミュ障のウチらには無理」


 本来の子分達は、案外と有能らしい。情報工作の能力に長けている。

 しかし、今の子分達の中身は異世界転生者で、コミュニケーション能力に問題のあるミーとハーだ。

 私もそうだけど、異世界から転生して来た中身が、元の人格と差異が大きいようだ。


「真面目だから、ずっと制服なのよ、で通すかー」

「それでいいと思う」

「親分、ツラだけはいいから。堂々と着ちょれば、セーラー服が流行るかも知れんよ?」

「そうね。一張羅しか無くても、前を向いて生きていれば、いつか辿り着く所もきっとあるわ」


 そうね。何事も貫き通せば、それでいいのだ。

 世間の目なんて、多いもの大きいものに簡単に流されるのだから。

 自分だけが、他と違うなどと、卑下する必要など無い。


「やっぱり、親分が親分で良かったんよ」

「ウチもそう思う」


 ミーとハーが、真面目な様子で、そんな事を言う。

 急に持ち上げてどうしたの?


「なんで? ツラがいいから、って事じゃないわよね」

「この世界に来た時は、ゲーム知識で無双出来ると思ったんじゃけど。いきなりシナリオにない爆弾テロなんて事件が起きてしもうて、もう隠しシナリオのルートなんかなんなのか、わけわからん事になってしもうたからー」

「ウチも、この世界に来て、パニックになってたけど。親分の決断力と行動力について行けば、なんとかなると思うようになった」

「ほうなんよねー。まあ、謎ルートの原因を作ったのは、爆弾魔のハーちゃんじゃけども!」

「ついかっとなってやった。反省はしていない」

「ハーちゃんも、インターネット老人会の人?」

「失礼な。ウチは無垢な少女。老人などではない」


 どうやら、前世のミーは老人会に入る程長生きし、ハーは若くして亡くなったようだ。

 子分達の前世については、いずれ聞いてみよう。

 まずは、この時代の言葉を覚えないとね。次から次へと未知の単語が出て来る。

 40年程度で、そんなに言葉が変わるモノかしら?

 いや、私の生まれる40年前の小説だって、かなり古臭いと感じるもの。

 その逆も然りか。


 お弁当を食べ終えた私達は、一緒にお風呂へ入り、背中の流し合いをした。

 風呂を上がれば、もう寝る時間だ。私達は、それぞれの部屋へと別れた。

 まだ宵の口じゃけどー、とミーは言っていたけども。

 一昨日まで、日が暮れたら寝るという戦国時代に居たのだ。生活習慣は急には変わらない。あの時代は、灯り用の油が高かったからね。


 さて寝るか、とパンイチになりベッドに潜りこんだところで。


「親分は、パンツ星人じゃったんか」


 と、ミーの声がして、枕元にミーとハーのふたりが居た。


「あれ? 玄関の鍵はかけたはずだけど?」

「親分の部屋とワシらの部屋は繋がっちょるんよ」


 ミーとハーの部屋は、私の従者の控室用なのだそうだ。

 それぞれに、玄関はあるけどれも、中で繋がっているので侵入出来たワケだ。

 所持品を確認した時は、気付かなかったな。どこで繋がっているのかは、明日確認しよう。私が、見てない所にあるのだろう。


「好きに行き来してもいいけど。私は、もう寝るわよ」

「親分の、おはようからおやすみまで見守るのが、子分のつとめじゃからして」

「おやすみからおはようまでも見守る」


 子供を見守る猫みたいな事されてもなあ。


「落ち着かないから、一緒に寝れば? このベッド無駄に大きいし」

「ほいじゃー、枕持ってくる」


 枕を持って来た子分達を両脇にはべらせ寝る事にした。

 両手に幼女だ。いや、幼女じゃなかった。同じ年だったか。

 それでも、私の中の、母性本能とお姉さん回路が刺激される。


 そう言えば。

 ハーは、学園を爆破して自分も死ぬつもりだった、なんて言っていた。

 一体、どんな前世なのだろうか。

 本人が、話してくれるまで、待つか。無理に聞き出すことではないような気がする。


「ハーは、なんで学園を爆破しようとしてたの? 前世で、学校に恨みを持つような事でもあったの?」


 私の理性と本能は別物だったので、気になっている事を、ストレートに聞いてしまった。


「学校なんて、監獄よりも酷いところだ」


 ハーは、呟くようにそう答えたくれた。

 灯りを消しているので表情までは見えないけれど、いつもの無表情なのだろう。

 でも、声音に深い負の感情が滲み出ていた。


 ハーの居た時代の学校がどんなものになっているのかは知らない。

 でも、どうやら学校というものは、未だに治外法権の腐りきった場所らしい。

 私達の時代の学校だってひどかったけど。私達は、暴力を使って反抗した。

 憂さ晴らしもかねて校舎の窓ガラスを割って回ったし、気に入らない教師を簀巻きにして川に投げ込んだりもした。

 ミーの時代くらいになると、そういった校内暴力の話も聞かなくなったけども。

 

「学校を破壊したい衝動なら私にも分かるけど。この世界で爆破しても、復讐した事にはならないわよ」

「それはそうだね」

「この世界の学園は、もっと楽しいかも知れないし。いいえ、もっと楽しくやりましょう。どうしてもダメなら、私が破壊してやるわよ」

「うん」

「いや、破壊しちゃダメじゃろ?」


 一緒にご飯を食べ、風呂で背中を流し合い、枕を並べて寝て。

 まだ2日目でしかないけど、親分子分の絆が深まっている気がして、私は胸に温かいものを感じて、久しぶりに愉快な気分で眠りについた。


 翌朝には、寮の食堂は復旧していた。

 朝の日替わり定食をいただき、3人で構内の散歩へ出かけた。

 

「アイツ、今日もうろついてるわよ?」


 白馬に乗った王子が、また桜並木の下をうろついている。

 いや? またではなくまだ? なんだかやつれて薄汚れてるよ?


「亡霊の様に、彷徨っておるのう」

「主人公が居なくなって、馬が蹴飛ばすイベントが無くなったから、次の行動に移るフラグが立たなくなって、バグってるのかも」

「あー、なんと哀れな」


 そうか。

 ここはゲームの世界だから、展開次第ではそういう呪いのような事も起こり得るのか。なんと恐ろしい。

 こうして、攻略対象のひとりである王子は、彷徨う王子様として、学園の7不思議のひとつになるのだった。

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