「どうして? せっかく来たのに」

「どうしてもだ」

 そう、ザックが言い終わらないうちに、目の前に、頭のはげた小さな老人が歩みよって来た。

 わたしの身長の半分もない。

 顔がでこぼこしていて、ジャガイモみたいだった。

「ついて来な。席に案内する」

 と、しわがれ声で言った。

 もしかして――もしかしなくても――小人って、このおじいさん?

 わたしはあっけにとられた。

(かわいいすがたを想像してたのに……)

 ちょっと、いや、かなりショックかも。

 だけどそれだとあまりにもこのおじいさんに失礼だと思い、顔には出さなかった。

 わたしはザックを肩にのせたまま、おじいさんのあとについて行った。

 ザックは無言でわたしの首まわりをウロチョロしている。

「くすぐったいよ、ザック」

「オレにはかまうな。オレの名前も呼ぶんじゃない」

 ザックの声は小さく、とても聞きとりずらかった。

 なにをそんなにコソコソしてるんだろう?

「変なザック」

 そう、ボソッとつぶやいた声に、

「ザック――ザックってあの〝役立たずのネズミ〟ザックか? 嬢ちゃん」

 と、モジャモジャの茶色いヒゲをはやした男が声をあげた。

 どっしりとした肉づきのよい体で、丸太のような太い腕が、ぴちっとした半そでの袖口からのびていた。

「え? え?」

 こちらを見下ろす男の表情は、【三角頭の海賊亭】にいた赤カブ男の表情とにていて……。

 そう――まちがいなく! ザックにうらみのある顔だ!

「あ゛あ゛? ザックだって?」

 今度は、きつい声がむこうの方から飛んできた。

 見れば、男の海賊の中に一人、女海賊がいた。

 「マム!」茶色いヒゲモジャの男がそう呼んだ。

 男たちに負けないくらいの体のでかさ(横にもたてにも大きかった)で、顔にはそばかすがあり、魔女みたいな鉤鼻で、みつあみにされた髪の毛はオレンジに近い赤毛をしていた。

 そしてなにより、ドクロの描かれた海賊帽をかぶっている。

(この人が船長なんだ)

 と、直感した。

「メル。どこかでおちあおう」

 とうとつに、ザックが言った。

 ピョンっとわたしの肩から飛びおりると、いちもくさんに床をかけてく。

「ええええっ!? ちょっ――ザックっ!!」

 そんなわたしの叫び声はすぐにかき消された。

「ザックだ! お前たちザックをつかまえなっ!」

 マムの合図に、男たちがいっせいにザックに飛びかかる。

 しかし、ザックをつかまえるのはかんたんじゃない。

 だってあんなに小さくてすばしっこいんだもんっ。

 ザックは床をかけ、テーブルの上を走りぬけ、男たちの頭をふんずける。

 逃げるザックに、男たちは必死に手をのばす。

 ――ガッシャン! バッコーン! パリーンッ!

 そのたびに、食べ物や食器が辺りにちらばる。

 部屋の中はめちゃくちゃだ!

「わ! ぎゃ! ちょっと!」

 わたしの悲鳴なんて誰にも届いてないっ。

 もちろん、「あばれるなら外でやれ!」という小人のおじいさんの声も。

「なにやってんだい! ネズミをつかまえるのに、アンタたちどれだけ時間をかければ気がすむんだい! これ以上アタシを怒らせるんじゃないよ!」

 マムの吠える声を聞きながら、わたしは辺りを見まわした。

「ザックっ」

 カウンターの上をかけぬける、そんな灰色のシルエットを見つけた。

 おかれていたグラスやビンが、ガシャン、ガシャン、と悲鳴をあげながら床に落ちてく。

 大きな男たちの間をもがきながらぬけ、わたしはザックに両手をのばした。

 そのわきから、かたくて太い腕が同じようにのびてくる。

「ゥワ!」

 肩にぶつかり、わたしはせいだいに床を転がった。

 しかも、テーブルから落ちた食べ物やお酒で汚れている床にだよ?

「うぅ……最悪……」

 手も服もベットベト。

 うわぁっ。髪の毛にもソースついちゃったっ。

 くるんとカールしている毛先に、よく分からない緑色のソースがべっとりと……。

 もうやだぁ……気がめいりそう……。だけど、そうも言っていられないっ。

 わたしは、もう一度男たちの波にのって(もみくちゃに流されてが正しいけど……)、灰色の小さな体めがけて飛びついた!

「チュウッ!?」

 手のひらの中でザックの悲鳴が一つ。

 そのまま床をゴロゴロと転がり、椅子に頭をぶつけて止まった。――痛いっ。

 息もたえたえの中、わたしは椅子の上に立ちあがる。そして、大きく息をすいこんだ。

「ストーーーーーーーーーーーーーーップ!!」

 吐きだした声に部屋中がゆすぶられ、松明の炎が一つ消えた。

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