2
「どうして? せっかく来たのに」
「どうしてもだ」
そう、ザックが言い終わらないうちに、目の前に、頭のはげた小さな老人が歩みよって来た。
わたしの身長の半分もない。
顔がでこぼこしていて、ジャガイモみたいだった。
「ついて来な。席に案内する」
と、しわがれ声で言った。
もしかして――もしかしなくても――小人って、このおじいさん?
わたしはあっけにとられた。
(かわいいすがたを想像してたのに……)
ちょっと、いや、かなりショックかも。
だけどそれだとあまりにもこのおじいさんに失礼だと思い、顔には出さなかった。
わたしはザックを肩にのせたまま、おじいさんのあとについて行った。
ザックは無言でわたしの首まわりをウロチョロしている。
「くすぐったいよ、ザック」
「オレにはかまうな。オレの名前も呼ぶんじゃない」
ザックの声は小さく、とても聞きとりずらかった。
なにをそんなにコソコソしてるんだろう?
「変なザック」
そう、ボソッとつぶやいた声に、
「ザック――ザックってあの〝役立たずのネズミ〟ザックか? 嬢ちゃん」
と、モジャモジャの茶色いヒゲをはやした男が声をあげた。
どっしりとした肉づきのよい体で、丸太のような太い腕が、ぴちっとした半そでの袖口からのびていた。
「え? え?」
こちらを見下ろす男の表情は、【三角頭の海賊亭】にいた赤カブ男の表情とにていて……。
そう――まちがいなく! ザックにうらみのある顔だ!
「あ゛あ゛? ザックだって?」
今度は、きつい声がむこうの方から飛んできた。
見れば、男の海賊の中に一人、女海賊がいた。
「マム!」茶色いヒゲモジャの男がそう呼んだ。
男たちに負けないくらいの体のでかさ(横にもたてにも大きかった)で、顔にはそばかすがあり、魔女みたいな鉤鼻で、みつあみにされた髪の毛はオレンジに近い赤毛をしていた。
そしてなにより、ドクロの描かれた海賊帽をかぶっている。
(この人が船長なんだ)
と、直感した。
「メル。どこかでおちあおう」
とうとつに、ザックが言った。
ピョンっとわたしの肩から飛びおりると、いちもくさんに床をかけてく。
「ええええっ!? ちょっ――ザックっ!!」
そんなわたしの叫び声はすぐにかき消された。
「ザックだ! お前たちザックをつかまえなっ!」
マムの合図に、男たちがいっせいにザックに飛びかかる。
しかし、ザックをつかまえるのはかんたんじゃない。
だってあんなに小さくてすばしっこいんだもんっ。
ザックは床をかけ、テーブルの上を走りぬけ、男たちの頭をふんずける。
逃げるザックに、男たちは必死に手をのばす。
――ガッシャン! バッコーン! パリーンッ!
そのたびに、食べ物や食器が辺りにちらばる。
部屋の中はめちゃくちゃだ!
「わ! ぎゃ! ちょっと!」
わたしの悲鳴なんて誰にも届いてないっ。
もちろん、「あばれるなら外でやれ!」という小人のおじいさんの声も。
「なにやってんだい! ネズミをつかまえるのに、アンタたちどれだけ時間をかければ気がすむんだい! これ以上アタシを怒らせるんじゃないよ!」
マムの吠える声を聞きながら、わたしは辺りを見まわした。
「ザックっ」
カウンターの上をかけぬける、そんな灰色のシルエットを見つけた。
おかれていたグラスやビンが、ガシャン、ガシャン、と悲鳴をあげながら床に落ちてく。
大きな男たちの間をもがきながらぬけ、わたしはザックに両手をのばした。
そのわきから、かたくて太い腕が同じようにのびてくる。
「ゥワ!」
肩にぶつかり、わたしはせいだいに床を転がった。
しかも、テーブルから落ちた食べ物やお酒で汚れている床にだよ?
「うぅ……最悪……」
手も服もベットベト。
うわぁっ。髪の毛にもソースついちゃったっ。
くるんとカールしている毛先に、よく分からない緑色のソースがべっとりと……。
もうやだぁ……気がめいりそう……。だけど、そうも言っていられないっ。
わたしは、もう一度男たちの波にのって(もみくちゃに流されてが正しいけど……)、灰色の小さな体めがけて飛びついた!
「チュウッ!?」
手のひらの中でザックの悲鳴が一つ。
そのまま床をゴロゴロと転がり、椅子に頭をぶつけて止まった。――痛いっ。
息もたえたえの中、わたしは椅子の上に立ちあがる。そして、大きく息をすいこんだ。
「ストーーーーーーーーーーーーーーップ!!」
吐きだした声に部屋中がゆすぶられ、松明の炎が一つ消えた。
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