第18話#《見送られずとも、遺したもの》

前書き



全階級優勝、静かな快挙――。

しかし彼らは、あたかも何事もなかったかのように、その場を後にする。

閉会式、掃除、そして解散。

誰に認められずとも、己の信じる道を歩む者たちの「去り際」に、どうか耳を澄ませてください。



#《見送られずとも、遺したもの》



閉会式が、始まった。

今回の大会は県内の有志道場による非公式な集まりとはいえ、全国に名を馳せる実力道場も複数名を送り込んでいた。

小規模ながら、実力者が集う舞台――まさに“隠れた全国大会”と呼ぶにふさわしい熱戦が、ここにはあった。


司会の先生の呼び声で、表彰者の名前が読み上げられていく。


「団体戦優勝――植木道場!」


「六年生重量級個人戦優勝――真鍋 大地!」


次々と呼ばれる植木道場の名。

呼ばれた選手たちは、一糸乱れぬ行進で前に進み、静かに、堂々と礼をする。

胸を張り、目線を逸らさず、受け取るときの所作も淀みない。

まるで、全てが稽古の一環のようだった。


――誇らしく、でも、誇らない。


そんな不思議な空気をまとう彼らに、会場から自然と拍手が湧いた。

だが、選手たちは騒がず、喜びを声にせず、淡々とした表情で席へと戻る。


そして、閉会式は滞りなく終わり、各道場が片付けや掃除を始めるなか――


植木道場の子どもたちは、言われずともほうきを取り、黙々と会場の隅々まで整え始めていた。

使った畳、控室、トイレ。

誰に見られるわけでもないその姿は、どこまでも自然だった。


その後、選手たちは、会場外の木陰に立つ植木先生の元へ集まった。


「……」


「…………」


沈黙が流れる。

だが、誰一人として不安な顔をしていない。

その空気の中で、植木先生は静かに一言だけを告げた。


「解散」


それだけだった。


選手たちは軽く会釈し、それぞれの車へと戻っていった。

誰も、「おめでとう」とも「よくやった」とも言われないまま。


でも、分かっていた。

今日のすべての振る舞いを、植木先生は見てくれていたことを。


 *


僕はふと、気になる感覚を抱えていた。

この大会で、全階級優勝という異例の快挙を成し遂げた植木道場。

なのに――。


まるで、誰にも認識されていないかのような、不思議な“空気の薄さ”があった。


他の道場の選手が表彰されるたびに、歓声や拍手が起きていた。

でも、植木道場の選手が呼ばれたときだけ、妙に“静か”だった。

いや、正確に言えば、皆が静かに見守っていたのかもしれない。

騒ぐのが憚られるほどの、“何か”がそこにあった。


 *


翌日。


いつもの道場に戻った僕らは、また何事もなかったように受け身を取り、寝技を磨き、基本に戻った。

特別なことなど、何もなかったかのように。


少し先の話になるが――。


この日を最後に、植木道場は、二度と大会に出場しなかった。

不思議なことに、この大会の後、あれほど目立っていた植木道場の記憶が、他の道場の子たちから、すっぽり抜け落ちていったらしい。


まるで、夢でも見ていたかのように。


でもその後、確かな変化があった。


県内の多くの道場が、礼法を見直し始めた。

審判や先生たちも、「この県の子たちは礼儀が違う」と言い出した。

“柔道の見本”と呼ばれる県になった。


そう――。


植木道場の名前こそ残らなかったが、

彼らがまいた種は、しっかりと芽を出し、今も誰かの心に息づいている。



後書き



「勝って驕らず、去っても遺す」

そんな柔道家たちの姿を、少しでも伝えられていれば幸いです。


見送られずとも、讃えられずとも、礼と志が残るなら、それはきっと“本物”だと信じています。


次回は、新たな舞台へ――。

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