第13話第十三話『柔よく剛を制す、その意味を知るとき』
前書き
ついに迎えた団体戦・最終戦。
相手は全勝で勝ち上がってきた
三人すべてが重量級という圧倒的な体格差。
勝敗ではない、ただ「柔道」を貫き通すその意志が、今こそ試される。
柔よく剛を制す――
植木先生が静かに放ったその言葉が、少年たちの心に根を張る。
そして、団体戦が終わったそのとき。
柔道がつないだ“縁”が、小猿にとって忘れられない一日を届けてくれる。
本文
三試合目を終えた選手たちは、静かに植木先生のもとへ集まった。
勝っても騒がず、負けても沈まず。
まるで、一枚の布のように、自然に寄り添うように。
植木先生は、言葉少なに一言だけつぶやいた。
「……柔よく剛を制す」
その声は、風のように軽く、しかし深く心に届いた。
相手の力を正面から受け止めるのではなく、
その力を“活かし”、そして“制する”。
それは、柔道の真髄だった。
次の
全員が重量級。体格に恵まれ、稽古量も申し分ない精鋭揃い。
そして植木先生はもう一つ、優しく言った。
「怪我には、気をつけなさい」
その言葉が、胸に染みた。
⸻
少しの休憩を挟んで、最終戦が始まる。
三戦全勝同士。
リーグ戦、この勝敗が“優勝”を分けることになる。
会場の大人たちは、誰もが《青雲塾》の勝利を予想していた。
だが、植木道場の子どもたちは、勝ち負けなどに縛られてはいなかった。
あるのはただ一つ――
「自分たちの柔道をやりきること」。
⸻
■先鋒戦・藤堂コウキ vs 青雲塾・重量級代表
大きな相手。
体格差は倍にも見える。
だが、コウキは堂々と正面に立つ。
綺麗な礼をし、構える姿には、一切の迷いがなかった。
組み合う。
押されながらも崩れない。
相手の力を流し、足を捌き、距離を保ち続ける。
逃げなかった。
最後の10秒、コウキは一歩踏み込み、攻める姿勢を見せた。
試合終了の合図。
引き分け。
だがその姿は、誰よりも“誇らしかった”。
小猿は思った。
(あの体格差で、逃げなかった……立派な一本分だ)
⸻
■中堅戦・矢萩慶吾 vs 青雲塾・重量級代表
静かな礼。落ち着いた呼吸。
ケイゴの礼には、確かな自信と成長がにじんでいた。
試合開始。
重量級の相手に対し、ケイゴは柔らかな身のこなしで対峙する。
正面からぶつかるのではなく、捌く、流す、いなす。
無理な技には入らない。
だが、決して後ろには下がらない。
静かに、けれど粘り強く戦い抜いた末に――
引き分け。
だがその一戦は、明らかにケイゴの“成長”を感じさせるものだった。
(本当に、強くなった……)
小猿は胸を打たれていた。
■大将戦・真鍋大地 vs 青雲塾・代表兼全国王者
最後は、ゴールデンスコア制。
引き分けでは終われない、真の決着をつける一戦。
審判が一歩前に出て、静かに告げた。
「――はじめ!」
その瞬間。
青雲塾の代表はまるで獣のように、強烈な圧で前へ出る。
だが、大地は怯まなかった。
組む。
しっかりと組み、無理に崩さず、重心を下げて耐える。
(力でぶつかってきている……)
大地は、静かに感じ取っていた。
相手の“剛”に対し、自分は“柔”で返す。
それは、先生の言葉――「柔よく剛を制す」を、まさに体現する瞬間だった。
相手が大外刈りに入ったその瞬間。
大地は一気に踏み込み、相手の腰よりも低く潜り込む。
(今だ――!)
足払いと同時に、くるぶしの回転で力を伝える。
軸はぶれない。体幹がしなり、しっかりと“落とす”動作に入る。
その瞬間だった。
相手の大きな体が――
宙を舞った。
観客席が、息を呑む。
大地は、そのまま真っ直ぐに――静かに、しなやかに、相手の背中を畳に預けた。
「一本!」
遅れて響く、審判の声。
3秒の静寂。
その後に訪れたのは、
大きな、大きな、拍手だった。
大地は呼吸を整え、相手の手を優しく引き起こす。
勝ち負けではない。
だが、それでも、誰もが心から讃える一投だった。
全国王者を相手に、“柔道”で勝った――
その意味は深く、重い。
小猿は、ただただ感動していた。
自分が見てきたどんな試合よりも、美しく、力強かった。
⸻
◆その後
こうして、植木道場は四戦全勝で、団体戦を“優勝”という形で締めくくった。
だが、それはただの勝利ではなかった。
この会場で戦った他の4チームも、最初の開式の時とは何かが変わっていた。
誰もが、「勝つこと」よりも「伝わること」に価値を感じていた。
柔道という武道が、本来持つ「尊敬」「思いやり」「礼」。
それが、この一日で、子どもたちにも大人たちにも染み渡ったのだった。
そして、見学していた子どもたちや保護者、指導者たちまでもが――
植木先生の背中に、尊敬のまなざしを向けていた。
⸻
すべてが終わり、みんなが集まる。
植木先生は、ゆっくりと口を開く。
「――精力善用、自他共栄」
たった一言。
だがその言葉に、選手たちは静かにうなずいた。
そして、午前の部、団体戦が終わる。
⸻
◆そして、お弁当の時間
昼食休憩。
小猿はそっと外に出て、公園の水でも飲もうと思っていた。
お弁当など、持ってきていなかったから。
だがそのとき――
「小猿くん、こっちこっち!」
選手たちの保護者が、笑顔で声をかけてくれた。
「今日はね、みんなの分作ってきたのよ! 見学の子も、みーんな一緒!」
道場の外で、レジャーシートが広げられ、大きなお弁当箱がいくつも並んでいた。
「さ、遠慮しないで!」
コウキがそっと肩を抱いてくれる。
「……ありがとう」
小猿は、気づいたら――
涙を流していた。
あたたかかった。
誰かと一緒に食べるお弁当の味が、こんなにも美味しいなんて。
みんなで笑い合いながら、輪になっておにぎりを頬張る。
さっきまで、畳の上で真剣勝負をしていた彼らとは思えないほど、あどけない笑顔。
(柔道を、やっていて良かった)
小猿は、心からそう思った。
そして午後、個人戦が始まる。
小猿もまた、凛とした顔つきに戻っていた。
後書き
団体戦の全勝優勝――
けれどそれ以上に、植木道場の柔道が、相手にも観客にも伝わった一日でした。
小猿が流した涙もまた、
この物語のひとつの到達点。
次は午後の部、個人戦が始まります。
ここからの物語にも、どうぞご期待ください。
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