第12話第十二話『技に宿る、礼と気迫』
前書き
団体戦第三戦――
対戦相手は、礼節を重んじる古流派の
その佇まいは、植木道場とどこか同じ匂いがした。
だからこそ、小猿は感じていた。
これはきっと、真剣で、静かで、そして激しい戦いになる。
「形」と「心」がぶつかる、柔道という“道”の真髄が、ここにあった。
本文
第二戦を勝ち抜いた直後――
選手たちは、浮かれることもなく、静かに、堂々と植木先生のもとへと戻ってきた。
見学していた子どもたちもまた、無言でその背中に続く。
植木先生は、言葉を発することなく、ただ一度、うなずいた。
「んっ」
それだけだった。
だが、それだけで十分だった。
子どもたちは知っていた。
それは、「間違っていない」という、静かな確信をくれる合図だと。
⸻
次の対戦――《暁心館》。
道場に漂う空気が、どこか植木道場に似ていた。
小猿は感じた。
これは技術のぶつかり合いではなく、“道”の交差なのだと。
そして試合が始まる。
⸻
■先鋒戦・藤堂コウキ(植木道場) vs 暁心館・軽量級代表
礼。構え。
それだけで会場の空気が研ぎ澄まされた。
両者、軽量級。
構えが崩れず、無理な技をかけることもない。
巻き込みなどせず、組み、崩し、いなし、戻す。
観ている者の息すら止まるような、互いに“形”をぶつけ合う展開。
そして――残り10秒。
相手が、時計を見た。
その瞬間、足元がわずかに緩んだ。
「足払い!」
コウキの鋭い踏み込みとともに、相手の体が宙を舞う。
「一本!」
完璧な一本だった。
だがそれだけではない。
コウキは、倒れた相手をそっと引き起こし、丁寧に礼をした。
場内から、自然と拍手が起きた。
相手の選手もまた、悔しさをにじませながらも、どこか晴れやかな表情で深く礼を返していた。
(きっと、また一から頑張るんだろうな……)
小猿は、そう思った。
⸻
■中堅戦・矢萩慶吾(植木道場) vs 暁心館・軽量級代表
またも軽量級同士。
礼が美しい。構えが揃う。
だが――一瞬の隙を突かれる。
慶吾の癖――疲れたときに膝が伸びる“あの姿勢”を、相手は見逃さなかった。
脇に腕が入り、腰が吸いつく。
「大腰っ!」
見事な投げ。
決して力任せではなく、理にかなった動きだった。
「一本!」
慶吾は倒され、敗れた。
だが誰もが思った。
(よく見抜いたな……)
短期間でそこまで研究し、技にできた相手の実力に、清々しい感情すら湧いた。
悔しさはあった。
けれどそれ以上に、小猿は確信していた。
(これで、慶吾先輩はもっと強くなる)
敗北は終わりではない。
むしろ、強くなるための“種”なのだ。
⸻
■大将戦・真鍋大地(植木道場) vs 暁心館・重量級代表
両者とも、綺麗な礼から始まった。
組み合い。
だが、動かない。いや、動けない。
力が拮抗している。
どちらが崩しても、おかしくない均衡。
1分近く、膠着が続く。
審判の視線が動き始めたそのとき――
大地が、相手の上の位置をとった。
その瞬間、相手の体がわずかに浮く。
小猿の目に、それが見えた。
(あれは――体落とし!?)
基本の「いち、に、さん」。
体の中心を斜めに滑らせ、相手の体勢を少しずらす。
そして、くるぶしで回しながら、優しく“落とす”。
「一本!」
完璧な技。
まるで、“力”ではなく“意図”で投げたような静かな美しさ。
ざんしんをとり、礼をし、怪我のないよう配慮された一本だった。
小猿は思わず唸った。
(剛と剛がぶつかるだけじゃ、勝てない……)
大地は、“引く”こと、“受ける”こと、“流す”ことを知っていた。
だからこそ、“勝てた”のだ。
後書き
団体戦第三戦――暁心館戦。
礼に始まり、礼に終わる。
技と心が重なり合う、美しい戦いだった。
勝った選手も、負けた選手も、
“柔道の中で学び、成長している”姿がそこにあった。
そして、ついに次は――
全勝同士の最終戦。
最後の対戦相手は、地域最強と名高い《青雲塾》。
勝ち負けではない。
だが、小猿の胸は、熱く高鳴っていた。
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