第4話 魔法のお勉強

 大きな、ビルが目の前に立っている。家の近所にあるホテルの事。国が経営しているだけあって、下手なビルより豪華ででかい。

 

「ここに、、カルーラさんが、、、」


 レンの手にはカルーラの電話番号と、泊まっているホテルの住所が書かれた紙を握っていた。


「レン。まずカルーラさんにあったら、ご挨拶。そしてこのお礼のお菓子を渡す。良いな」


 リアックはそういい、レンに紙袋を渡す。昨日急いでこさえたクッキーである。レンの顔は少々緊張で強張っている。憧れの人から、魔法をマンツーマンで教えてもらえる訳だから、無理はないだろう?


「んじゃ、レン!行ってこい!!」


 リアックに背中を押され、レンはホテルに入って行く。


 ホールの天井には巨大で綺麗で美しいシャンデリアが鎮座し、広いホールを明るく照らす。スーツや、ドレスを着込んだ如何にもセレブです!って感じの人たちが優雅に談笑を繰り広げている。そんな人の中で、レンは自身が浮いていないだろうかと、不安が募って仕方ない。気にしすぎと言われたらそれまでであるが。日本人だもの、世間体は気にするよ。


 レンがあたりを見回していると、遠くから


「レンくーん」


 と、名前を呼ぶ声が聞こえ、その声の方をレンは見る。そこには、ラフな部屋着に身を包んだ、カルーラの姿があった。その、テレビなどでは見せないその姿に、少しレンはドキっとしつつ、カルーラの方に歩み寄る。


「本日は、よろしくお願いします。これは父と母から、クッキーです」


 自分が出せる最大の礼儀で挨拶をするレン。


「私こそ、先生は初めてだから、よろしくね」


 カルーラはそう言い、にっこり笑う。


△▽


 案内されたのは、最上階のVIPルームだった。広い、とにかく広い。一人では持て余すだろうに、全面ガラス張りの窓からは、街を一望でき『人がゴミのようだ!』なんて言いたくなる。照明は暖色系で温かみがある。ベットなんてキングサイズ。成金の部屋だ。


「ひ、、、広い、、、、」

「でしょ?私はビジネスクラスでもよかったのに、」


 少し不服そうに頬を膨らませ、ベットに腰掛け足をばたつかせる彼女。テレビで見る分にはもう少しキッチリとした性格だと思っていたが、思ったよりも取っ付きやすい性格で、いい意味で拍子抜けだ。


「あ!ごめんね、レンくん。魔法だったはね」


 話が逸れていたのを修正する言葉を発したカルーラは積まれていた荷物の中から一冊の本を取り出す。


「それは、なんですか?」

「まずは魔力の調節から、魔法使いは全員それから覚えるの」


 そう言い、本を開くとそこには魔法陣がびっしりと記された魔導書があった。


「これはね、魔力の吸収量を調節する感覚を感じるために人為的に、、、、て説明するよりもやった方が早いわね」


 そう言うと、レンの手を掴みベットの上に置いた本にその掴んだ手を置く。


視界から、糸が、魔力が消えた。


「あれ、、、」

「見えなくなったでしょ?」

「は、はい変な糸が見えません」

「ふふふ、今どんな感じ?」

「なんと言いますか、、目を薄めて辺りがぼやけて見える時の感覚に、、近いですね、」

「面白い例えね、、、でも正解よ、じゃぁ、その感覚を維持したまま本から手を離してみようか」


 レンは言われるままに、手を離す。しかし慣れない物をいきなりしろって言うのはプロでも難しいだろぅ?本から手を離した瞬間に、視界にまた魔力が映り込む。レンはさっきの感覚を再現しようとするが、うまくいかない。


「ダメですね、、、また見えるようになりました、、、」

「最初は誰だってそうよ、私もコレを覚えれなくてお父さんに怒られたわ、、どう?続けれそう?」

「はい!がんばります!」


 ずっと興味を持っていた魔法だ、意地でも使えるようになりたい。初級どころか今は入門。意地でも続けてやる。そう意気込んだレンは本に手を当てては感覚を維持しようとして失敗する。それを彼此1時間続けた。


 しかし、なかなか魔力の吸収量の調節って奴をできるようにはならなかった。コレまでの人生で一度もしたことは無い物であるため、習得は至難である。


「できない?」


 カルーラは首を傾げ、そう聞いてきた。


「えぇ、、難しいですね、、、」

「そうね〜〜〜じゃぁ、目を瞑って、」

「目を?」


 レンは目を瞑って見ることにした。カルーラ先生は魔法をテレビで披露するくらいにはプロだ。おそらくレンには予想できない様な凄い秘策があるのだろう。


 レンは静かに目を瞑る。カルーラはそんなレンの手を掴み、そっと本に手を当てる。


「どう?」

「どうって、、、目を瞑ってるから、、調節できてるのか分からないですね」

「じゃぁ、ゆっくり目を開けてみようか?」


 レンはゆっくりと目を開ける。カルーラの顔が広い窓から陽が落ちている部屋が映る。そこに、魔力はなかった、しかしそれは本に手を置いてるからだろう。


「どう?」

「魔力は見えません、、、でも、、僕が本に手を置いてるからですよね?」

「自分の手の先、見てみて?」


 レンは自分の手の先、すなわち本を見る。そこにあった本は、タダのグルメ雑誌だった。魔力を調節するための陣が書かれた魔導書ではない、、アヒージョの美味い店が載った雑誌。


「え?」

「ふふ、レンくんはもう調節を覚えてたって事よ」


 レンは目を輝かせる、ついに立ったのだ、魔法を学ぶ、、そのスタートラインに。


「じゃぁ!今から魔法を覚えていこうか!」


 レンとカルーラは向かい合うように机を挟んで椅子に腰掛けていた。机の上には一冊の魔導書が。


「魔法ってね、吸収、、この糸が見える事が重要なのよ、、この糸を、編み物みたいに結って魔法を組むのよ」


 そう良い、カルーラは手のひらをこちらに見せてくる。


「じゃぁ、まずは私がお手本を見せるね」


 カルーラはそう言うと、何か呪文の様な物を唱え始める。モゴモゴ何かを言っているのは聞こえるが、どんな発音かは分からなかった。約3秒の詠唱を終えたカルーラの手のひらには、前見た虹色のバブルがあった。


「私の言った呪文を真似してみようか?できる?」

「呪文?」

「そう、う〜ん、、私と一緒に行ってみようか、、『— — — ・・— —・・』」


 カルーラは、確かに、何かを呟いた、、、、が、何を言ってるか分からない。外国語を初めて聞いた時の様な、超高周波を聞いた時の様な、鼓膜を揺さぶる感覚はあるが、その揺さぶりを脳は言葉と受け取ってくれない。そんな気分。


 レンが自分の後を追わない事を疑問に思ったのか、カルーラはレンの目を見る。


「大丈夫?」

「いえ、、その、、呪文、てのが聞こえなくて」


 その言葉を聞き、カルーラは驚いた顔を見せる、、が直ぐに笑顔を取り戻し、


「じゃぁ、やり方を変えよっか!」


 そう言い、カルーラは立ち上がり、本が積まれたベット横に向かう。そしてその中から一冊の本を取り出した。その本は、他の本と違い、古臭い少し薄汚れていた。


「その本は?」

「コレはね、私の国に昔から伝わる魔導書。文字がドライアド語だけど、書いてる内容は今は関係ないのよ」


 そう言い、彼女は一つのページを開く。魔導書だから、魔法陣が描かれている。当たり前、、、とも言えなかった。真新しい魔導書は殆ど文字だけで魔法陣なんて書かれていなかった。それこそレンが見たのはあの魔力量を調節しようって言って手を置いた魔法陣くらいだ。魔法が詠唱なんだから、魔法陣が描かれていないのは、少し考えれば分かりそうな事だが、レンはそれに気づけていなかった。少し、言葉が違うかもだが、自身の不甲斐なさに少し打ちのめされそうになりつつ、レンはその古い魔導書に載った魔法陣を覗き込む。


「たまにね、ドライアドにも居るのよ、魔法を編めない子が。そんな子が使うのが古典魔法なの、古典魔法は詠唱の代わりに魔法陣を使うの、、、試しに手を置いてみて」


 カルーラに言われるがままに、レンは魔法陣に手をかざす。するとどうだろう、魔法陣から、バブルが出てくるではないか。


「す、、、凄い、、、、なんでカルーラさんは、コレを使わないのですか?」

「そうね、、、、バブルみたいな簡単な魔法なら良いのだけど、いざ難しい事をしようと思ったら、魔法陣が大きくなって実用性がないからかしら」

「そうなんですね、、、でも凄いです!」

「もっと色々使ってみる?」

「はい!」


 そこからは、魔導書に載っているいろんな魔法陣を試した。水を出すもの、風を起こすもの、煙を出すもの、音が出るもの、、、、魔導書と殆ど睨めっこの状態だった。で、、、ずっとそれを睨んでいると、一つの疑問がレンの頭に浮かんだ。


「これ、、、なんて書いてるんですか?」


 そう言い、レンが指さしたのは、ドライアド語で書かれた文章であった。


「コレはね、、水魔法初級、ウォーターボールって書いてるの」

「これは?」

「光魔法初級、ライトキューブ」

「コレは!」

「、、、もしかして、、レンくん、ドライアド語、、興味あるの?


 その言葉に、レンは少し戸惑った、、ドライアド語を学べばこの魔導書を深く知る事ができるかもしれない、、しかし、言語の勉強は難しい、、、どうしたものか


「うーん、私が手取り足取りドライアド語を教えることはできないわ、、でも!コレをあげましょう!」


 そう言い、カルーラが差し出したのは、一冊の本。ドライアド語の辞書だった。


「レンくんには少し難しいかも知れないけど、これと、魔導書をあげるわ、、いっぱい勉強して、私を超える魔法使いになりなさい!」


 カルーラはそう言い、笑顔を見せる。


「良いのですか、、、、」

「えぇ、人類種で魔法使える子なんてあなた以外にいないわ。折角良い生徒を見つけたもの、大っきくなって欲しいって思うのは、魔法使いなら誰でも思うわよ」

「はい!」


 その言葉がレンは嬉しくて、大きく返事をする。


「あと、、これもあげましょう!」


 そういい、カルーラは一つの石を取り出した。淡い赤色の、美しく切り出された菱形の石を。


「それは、、、なんですか?」

「魔石と言ってね、こうやって、魔力を込めると淡く光る石、、お土産、、、今日って日の記念よ!」


 レンは三つもプレゼントを受け取ってしまった。本二冊と綺麗な石。それも、、憧れの人に、、、その人に近づくための技術の基礎と、、知識までも。レンは今日学んだ特別な事を深く心に刻み込んだ。

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