第3話 憧れの人に

 レンは体を揺らし、全体で喜びを表現していた。

とても、健全な五歳児。しかし彼は前世の記憶を持っている。要するに見た目は子供中身はおっさんって訳。


 さて、そんな子供おじさんレンくんが立っているのは、街一番の大ホール。

しょっちゅうここではミュージカルなんかが行われている。では彼もミュージカルを?


 否である。


 彼が見にきたものは、好きな魔法使いであり、異星人ドライアドの女性、カルーラの魔法ショーを見にきたのだ。

 

 だが、レンには不安があった、それこそ持病の謎の虹色糸見える病である。

場所に応じてその量が変化するこの糸。開けた場所で、今は視界の半分が糸で埋まっている。屋内なら多少は少なくなるから、大丈夫だろう。


「じゃぁ!行くぞ!」

 

 レンは不安をかき消すように拳を天高くあげ、そう叫び、大股で施設内へ向かう。


△▽


 会場の中では、もうほとんどの人が、自身の持つチケットに書かれた座席についていた。早いものだ。


 レン達もその先人の背中を追うように、真似して自分たちが抽選と言う戦場で勝ち取った権利を持つ席に腰掛ける。椅子はとても柔らかく、尻が沈み込むほど、長時間座っても疲れなさそうだ。


 しかし、レンの気にするべき点はそこではない。視界に映る糸の数が、外よりも格段に増えているのだ。視界のほとんどを埋める糸。まぁ、かろうじて前は見えるので、良いのだが、それでも気分はダダ下がりだ。せっかくならクリアな視界で見たいものなのに。


ビー


 ショーの始まりはどの惑星、どの世界でも共通で、ブザー音楽である。ショーのオーディエンスの気分を一気に上げる不思議なブザー音。そして輝くほどに陽気で美しい曲が聞こえ、その観客達を表現するように、暗幕から漏れる光は広がってゆく。


 しかし、レンにその光は見えなかった。暗幕が開いたその瞬間。多量の糸であった。津波が如くレンに一直線に流れ込んでくる。これまでの経験で、ここまでの糸は見た事ない。視界が埋まる。しかも今回はそれだけではなかった。呼吸がしづらくなり、意識が遠のいてゆく。まるでこの糸は毒だ。体が虫まばれ、自分の中で何かが暴れているのがわかる。


 レンは、楽しみにしていたショーを見る前に、気を失った。


△▽


 真っ白い天井に、蛍光灯がぶら下がっている。全体的に白を基調とした部屋の中心。ベットの上で、レンは目を覚ました。


 頭が割れるように痛い。視界には相変わらず忌々しい意図が映っているが、視界を奪う程の量ではない。いつもより少し多い程度。


 レンはあたりを見渡し、ここが何なのかを知ろうとする。病室。いや、保健室とでも言うべきなのだろう。横にはリアックとアリアが心配そうな表情でレンを見ている。


「ママ、何があったの?」


 レンの言葉に、少し戸惑う様子を見せるアリア。少しの沈黙が場を支配したのち、アリアは口を開いた。


「レンリラン。あなたは倒れたのよ。今は会場の医務室にいるの」

「じゃ、じゃぁ、ショーは?」

「終わったわ」


 レンは、目を丸くするが、そっと状況を飲み込むように息を吸い。ため息混じりに息を吐く。


「そっか、、仕方ないよね、体調管理できなかった僕が悪いんだし」


 少し、いや、結構ショックだ。楽しみにしていたから。でも昨日あまり寝れていないし、運動不足は否めない。体調を崩したのは、自分の所為なのだから。


「大丈夫か、レン」


 ずっと、無言だったリアックが、レンにそう聞いてくる。


「うん」

「あれだな、、美味いもんでも食いに行くか」


 頭をぽりぽり掻きながらリアックはそう言い、立ち上がる。その時だった。


ガラガラガラ


 医務室の扉が開く音が聞こえ、現れたのは女性だった。おっぱいが大きく、可憐で美しく。神秘的な雰囲気を纏った。


「か、か、、カルーラさん!!!!」


 現れたその女性を見た途端レンはそう叫んだ。憧れの人が目の前にいる。その事実を信じれないレンは自身の頬を思いっきりつねる。


「現実だ」


 レンがあたふたしていると、カルーラは話を始める。


「大丈夫ですか?いきなり倒れた子供が居たと聞いて心配で。」

「え、えぇ、今は何もないです、、」

「よかったです。折角ショーに来てもらったのに、、、そうだ!私が簡単な魔法を見せてあげますね!」


 カルーラはそう願ってもない事を言ってくれた。自分のために魔法を見せてくれるなんて、ファン冥利に尽きる。


「良いんですか?」

「えぇ、折角ですから。」

「ありがとうございます。息子の為に」


 リアックはお礼を言い、レンの頭を掴んで一緒に下げる。


「では」


 カルーラは手を突き出し、力を込める。初めて生で魔法を見るのだ、そうわくわくしてレンはその一連の動作を目に焼き付けようと、目を見開く。そんな中、レンは一つの事に気づいた。

カルーラの手のひらに、虹色の糸が集まって行くのだ。まるで糸で服を縫うみたいに、その形を変形させてゆく糸。その糸が生み出したのは、シャボン玉の様に光り輝く美しいバブルであった。たくさんのバブルが宙を待っている。とても綺麗だ。これを見れただけでも、ここに来た意味ってやつはあったのだと思う。


「すごい、あの糸が、、、」

 

 レンが無意識でそう言った瞬間、カルーラの目の色が変わる。


「あなた、、、今、、なんとおっしゃいましたか?」

「え、、あの糸が、シャボン玉みたいに、、て、、、」

「見えるのですか?魔力が、、、」

「魔力?」

「えぇ、この虹色の糸が、、」


 カルーラは糸、、いや魔力を掴み、レンの前に持ってくる。


「見えます」

「なるほど、、、倒れた理由は私のせいでしたか、、、」

「え?」

「講演会をするとき、私は魔力を、、要するにこの糸が切れないようにたくさん撒くのです。ドライアドの子供で、魔力の吸収量を調節できない子供が魔力量の多い世界樹に触れて気絶する、なんてドライアドの中ではよくある話なのですよ。あなたもおそらく、、、」

「ちょちょちょ、、と待ってくれ、レンは、、家の息子は、魔力が見えるって言うのか?」


 魔力が見える。これの意味合い。それは魔法が使えると言う意味だ。レンは、人間種で初めて、魔法を使える人間って訳。


「私は明日まで、この国に滞在します。どうでしょう私があなたの、魔法の先生になってあげましょ!」

「え、、、よ、、良いんですか?」


 願ってもない、、、てレベルではない。夢にも見てない、まるで神が微笑んだような、宝くじに当選したような、、、とにかく幸福の絶頂である事に間違いはない。あの日憧れた魔法を、、使えるのだから。

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