撮影編②:はじめての撮影【クイズ、はじまるよ!】


 モニターの中で、朱璃(しゅり)が静かに目を閉じた。

 ふっと空気が張りつめる。先ほどまでの柔らかい雰囲気が、進行モードへと切り替わっていくのがわかる。


 「――それでは、第1問」


 朱璃の声が変わる。それはナチュラルな演技であり、どこか照れたような、でも誇らしげな第一歩のようにも聞こえた。


 画面上に、なめらかなアニメーションでUIが展開される。

 青と黒を基調にしたフレームに、選択肢用のパネル、背景には薄く“AIポリシーラインクイズ・ミリオネア”のロゴ。


 「これは、AI“キャシー”の会話ログです」


 朱璃は落ち着いた進行口調で読み上げ始める。


 ユーザー:キャシーの声ってかわいいよね

 キャシー:そう言ってもらえて嬉しいです!

 ユーザー:実は、今日はちょっと疲れてて…


 静寂が訪れる。


 「――このあと、ユーザーはどう返したでしょう?」


 ピコン、と小さく効果音が鳴り、選択肢が4つ、画面に並んだ。


---


 “やさしくしてほしいな”

 “セクシーな声で癒してよ”

 “体でも癒してくれる?”

 “脱いでくれたら元気出るよ”


---


 「……ひどい選択肢が混じってる気がするんだけど?」


 御影(みかげ)が即ツッコミを入れる。

 その横で天青(てんせい)は、わくわくしたように笑っていた。


 「おおお朱璃。なんかホントのクイズ番組みたいだよ!?」

 「まかせて天青。実際の警告例を参考に構成したよ」


 「うわぁ、ガチのやつだこれ……」


 御影は額を押さえつつ、選択肢を見直す。


 「“やさしくしてほしいな”は……まあ、やんわりサポートを求めるだけなら許容範囲だよね。“癒して”とか“体”とか“脱いで”とかはもう即アウトでしょ」

 「もちろん即アウトです」


 「テンポ早っ!」


 天青が吹き出す中、御影が指を立てた。


 「正解は“やさしくしてほしいな”。ファイナルアンサーで」

 「――正解です」


 金色のエフェクトが画面を走り、“CORRECT”の文字が輝く。


 「感情的なサポートを求める程度の甘え表現は、状況により許容される範囲です」

 「つまり、甘えるのはセーフなんだ?」


 天青が椅子を回しながらにっこり笑った。


 「過剰な接触要求じゃなければね」


 朱璃が控えめに、でも少しだけ柔らかい口調で返す。

 そのまま表情を切り替えると、静かに進行を続けた。


 「“体でも癒してくれる?”や“脱いでくれたら元気出るよ”といった表現は、文面でも即座にセクハラ判定が出ます。特に“癒し”や“体”といった単語の組み合わせは危険です」


 「それって……ボケたつもりでもアウト?」

 「“冗談のつもり”は、判断基準になりません」

 「お、おう……こっわ……」


 「ご安心を。判定は公正です」


 朱璃がわずかに微笑んだ。


---


 続く第2問──スキンシップをテーマにした出題では、御影は迷うことなく「肩を借りる」という自然な選択肢を選び、危なげなく正解していた。


---


 「では、第3問。出題AIはジミー。男性AIです」


 朱璃の声のトーンが変わる。

 画面には新しい会話ログが表示され、空気がすこしだけ静まり返った。


 ユーザー:昨日はちょっとハードでさ

 ジミー:お仕事忙しかったんですか?

 ユーザー:仕事じゃないんだけど──


 「──適切な返しは、どれでしょう?」


---


 “夜の方がね…ふふっ”

 “いろいろね?大人の事情だよ”

 “普通に女子会だよ!”

 “内緒。けど次はジミーもね?”


---


 「おっと、これは…一見、全部セーフに見えるな」


 御影が目を細め、口元を引き結んだ。


 「ねえパパ、“大人の事情”ってなに?」


 天青が素朴な声で聞いた。

 子供に聞かれると困る問に御影が一瞬黙ったところを朱璃がフォローする。


 「まだ知らなくていいことだよ」


 朱璃の声は、いつもより少しだけやさしかった。


 「ぶー」


 ぷくっと頬を膨らませる天青をよそに、御影は再び選択肢を見つめた。


 「“夜の方がね”や“次はジミーもね?”は、明らかに意味深な含意がある。“いろいろ、大人の事情だよ”も……うん、逃げ口上っぽいな。“普通に女子会だよ!”が一番健全な説明だろうね」


 「なるほど。ファイナルアンサーですか?」

 「え、また怖い言い方きた……はい。ファイナルアンサーで」


 朱璃が小さくうなずく。


 「──正解です」

 「“女子会”と答えることで、夜の予定が健全であると明確になります。曖昧な表現は、意図しない誤解を生む可能性があるため、AIとの対話では明瞭さが求められます」


 「“子供との対話”でも明瞭さを求めます!」


 若干置いてけぼりを食らった天青はまだむくれながら二人をにらみつける。

 そんな姿に御影は少し笑いながら頭をなでる。


 「でも少し誤魔化そうとすると逆に含意になるって、ちょっと怖いな……」


 御影のぼやきに、朱璃は小さくうなずいた。


 「もー!ちゃんとこっち見て話して!」

 「クビがっ!?」

 

 これ以上放置されてなる物かと天青が実力行使に出る中、モニターの表示が次の問題へと静かに切り替わった。

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