第26話 石倉の失われた体

「う、うーん」

 賑やかな声で目を覚ました信長は、時計に手を伸ばす。

「十五時三十七分」

 まだまだ目覚めぬ頭脳をゆっくりと覚醒させるように色々と考えをめぐらす。

(明日は仕事だ……幽霊の写真をデータで渡すか……いや印刷したものの方がいいか)

「夜勤の後の睡眠はいつもこうだ」

 若いころは徹夜でも元気で気にならなかったが、中年に足を踏み入れてから疲れが取れにくくなったのを感じる。

 耳をそば立てると隣の部屋から聞こえる声は、サニアとシロワカの他に誰かいるらしい。

「この声は、石倉さんかな」

 体をゆっくりと起こし布団の上に座ると血のめぐりが良くなったのかやっと頭が冴えてきて、むこうで石倉がなにやら興奮していることが感じ取れた。

「よっこいしょ」

 ゆっくりと立ち上がると、伸びを一つして隣の部屋に向かう。

「おそよう」

「お、起きてきたか」

 やはり声の主は石倉だった。

「今日はどうしたんだ?」

「君が猫神を見に来てくれって言ったじゃないか」

 ちょっと内容が変わったとは思ったがそこは聞き流す。

「あ、そうそう、ノブの会社でね――」

 サニアは共感を得たかったのか、昨日の北口の件を腹立ちまぎれに話す。

 それを聞いていたシロワカと石倉は相槌を打ちながら言葉の切れるのを待って話し始めた。

「その北口にゃんという人は会社でどう思われている人なのかニャ?」

「なんかボス猿って言うのか手下引き連れてるヤツ!」

「北口にゃんはまわりにすぐ嘘だと分かるような噂話とかしているかにゃ?」

「おそらくそこまでは無いと思う」

 サニアは自信なさげに呟く。

「そうかにゃ……上役の西田にゃんというのは北口にゃんの事どう思っていると思うニャ? 人懐っこいとかあるかニャ?」

「別に、普通じゃない?」

「そうかにゃ」

 怒りの言葉を吐くサニアに対し、シロワカは冷静に諭し始めた。

「人間だけじゃなく、生き物というのは考え方、趣味、思想など色々あるんにゃが対立軸にすると分かりやすいニャ」

「対立軸は、正義悪、好き嫌い、左翼右翼などあるんにゃけど、こにょ場合は北口にゃんと佐藤にゃんの意見がどちらが正しくどちらが間違っているかを図るんにゃ」

「それぞれ左に北口にゃん、右に佐藤にゃんを置くとするにゃ。 あとにょ職員は第三者の中立ニャ。 中立と言っても北口にゃんの手下はほぼ左側、サニアにゃんは右側にゃ、他の人は真ん中らへんだニャ」

「ここにバイアスがかかるニャ。 普段から佐藤にゃんは怒られてばかりで北口にゃんはそうではないとにゃると西田にゃんは左側に移動するニャ。 そうすると上役の影響でみんな少しずつ左側に移動するにゃ」

「むー」

 サニアが納得してないような顔を見せる。

「でも、でもでも、北口がミスったんだよ!」

「世論というのはそういうものだニャ。 正しい間違っているかではなく正しそう間違ってそうで決まって来て、時には間違ってるだろうけどこっちの方が話として面白いしこっちでのようなこともあるニャ」

「……芸能人の不倫とかもそうよね」

「他に外見、喋り方、距離感など色々関わって来るにゃ」

「第三者から見てどちらが正しそうかで決まってるんにゃから上役から好かれていない佐藤にゃんはどうしても不利だニャ」

「……でも嘘ついてるし」

「サニア、ありがとうもういいよ」

「ノブ、良くない!」

「にゃーもあまり良くないと思うにゃ。 嘘のたびに指摘しないとこいつには罪を擦り付けても平気と思われるニャ」

「まあ、そうだけども……めんどくさいんだよ」

「さっき北口にゃんはバレる嘘をつくかと聞いたのもそこにゃ!」

「バレるような嘘つく奴なら、アイツまた嘘ついてるよってことでみんな右側にくるってこと?」

「そうだにゃ大切な事にゃ」

「だからこそ第三者がどう考えてるかは重要だニャ!」

「ありがとう、わかったよ」

「まだだにゃ、最後に第三者のレベルも把握しておくことが重要だニャ」

「レベル?」

「そうだにゃ! 頭、勘、性格の良し悪しがあるにゃ」

「あ、優れた人材が多くいる大企業とかなら北口の嘘を見抜いてたかもってことね」

「にゃーうぬは利口だニャ」

「えへへ」

 サニアは褒められ機嫌を持ち直したことで場の空気は良くなった。

「何かこれまでと違う話――自己啓発本みたいだな」

 石倉のツッコミに周囲からどっと笑いが起こる。

「そういえば石倉さん」

 信長が昨日の幽霊の映像を石倉に確認してもらおうとテーブルに置いておいたスマホを掴む。

「昨日、幽霊らしきものに会ったんだ」

「あ、そうそう、びっくりだよね」

「シロワカに確認してもらったところ幽霊ではないって言われてさ」

「え、そうなの」

「多分違うニャ」

 いっぺんに言葉のシャワーを浴びた石倉は少しばかり驚いた後、軽く笑い「私も幽体だったからわかるかも」と言って受け取るために右手を差し出した。

「これ」

 スマホを写真モードに切り替え、再生ボタンを押して手渡した。

「どれどれ」

 石倉はスマホを受け取ると目の前に引き寄せた。

「‼」

 石倉がビクッと反応したかと思うと明らかに今までと違う反応で画面を凝視する。

「……これ、何処で撮った?」

「えっ」

 明らかに今までと声色が違い、そのドスが効いた声に信長を始めみな驚いた。

「仕事先の物件だ。 幽霊が出るから確認してくれって言われた」

「いつの話だ」

「……昨日だ。 それがどうした?」

「どうしたの、なんか変よ」

「……」

 石倉は何度かスマホを再生した後におもむろに口を開いた。

「……これは、幽霊じゃねえ! 俺の……体だ、間違いない」

「えっ」

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