第20話 シロワカについて
「それは、断言はできないが神として祭られていたものではないか」
石倉はそう言って言葉を繋げる。
「そもそも日本の神に猫がいるケースは少なく、眷属でも見ないが猫又のような妖怪が祟りを為すために鎮めるのを目的として祭った可能性」
「もう一つは猫に助けてもらったからという理由で祭った可能性」
「最後は純粋に土俗神だったかだな」
石倉は自身も興味があるのか、説明にのめり込み、自分でも気づいて無いのだろうか、仮説を立ててイヤそうだイヤ違うなどと小声をだして反駁していた。
「猫って神様にいないのか」
「ああ信長君、農耕が始まった弥生時代以降天敵となったネズミを狩ってくれる動物は狐なんだ」
「お稲荷さんとかの?」
「そうだ、農耕神と結びついた理由は曲折あるが今回はそこは省こう」
「祟り神は、学問の神で有名な藤原道真や平将門などが有名だな。 他にも動物を殺した祟りなどもある」
「大宰府に流されて亡くなった後に捏造の噂話を流した貴族たちに死人が続出したってやつだな」
「まあ、そうだな」
「次は助けてもらったといっても色々とパターンがあり、人間だと僧侶の即身仏、己を犠牲にした生贄などや、変わったものは生祠という当時生きていた人間をあがめた者だな、オランダ人のポンぺとか」
「動物はというと狸や狐などが助けてもらった恩返しで人が助けられた例、逃亡や流浪の道案内の恩など各地に伝承が残っている」
「土俗神は、その土地そこに住まう住人が信仰する神様だな。 信仰している勢力が強ければ周りの勢力を吸収し広がるし、弱ければ吸収されて従神として残ることもあるが、歴史に埋もれることもある」
「残る? 埋もれる?」
「ギリシャの神々は各ポリスの神を神話を通じて吸収していったことはよく知られているし、エジプトの神々、アッシリアの神々なども似たような話がある。 これらの神は考古学で知られてはいるが、それ以前はギリシャ以外は埋もれていた」
「なぜギリシャは埋もれなかったんだ?」
「それは芸術が深くかかわっている」
「絵画とか彫像とかか?」
「まあそうだ、一種の貴族や裕福な人間の教養ってやつで知識として生き残ったと考えて間違いないよ」
「二十一世紀の世界でギリシャの神々を信仰してるって聞かないしな」
信長は納得するとそう答えた。
「話は戻すが」
何となく弛緩してきた会話を石倉は金づちで叩くかの如く打ち直し、もとの硬度に戻した。
「信長君、君は図書館にあった本に挟まれた符を触ったら二尾の猫が出て来て、言われた通りに陶器の像をそこに置いたら猫が現実に出てきたと言っていたね」
「おう、その通りだが……」
「恐らくだが、それは神託を受けての行為を行い、行った行為は勧請――神を元の神社から分けて君の家に呼び寄せたのだろうな」
「それで、神と言っても……猫だし」
「日本語が通じるのだろう? そこは大した問題ではない。 以前言っただろう詠唱が長くなる理由を、その猫神が上級の神と繋がりがあるなら力を貸していただけるやもしれない」
「ああ、そっか」
「そうだ! 異世界への道筋を……」
「でも、さ、記憶を失っているんだぜ」
「む、うむ」
石倉は興奮し矢継ぎ早に出していた言葉を止め、顎を掻いているのだろうか電話元でカサカサと皮膚を掻く音が伝わる。
「記憶を取り戻したら邪悪な妖怪でした――なんて講談ではよくあるパターンだな」
「そうはあってほしくないんだけどなぁ」
信長はこの新たな住人?に好意を抱き始めており残念な結果にはなってほしくないと思っていた。
「ははは、冗談だ」
「まあ、なにあともあれ時間が出来たらそちらに行く。 小さいとはいえ直に会える神だ、何かしら収穫があるやもしれぬ」
「今は忙しいのか?」
信長の問いに、石倉は言いにくそうに「お金を貰わにゃいけないからしばらく待ってくれ」と言う。
「貰う? 仕事か?」
「いや、ハローワークの失業認定だが、資格の研修を受けていてな……それだよ」
「ごめん、授業中だったか?」
「いや、今は違うが……また後でな」
ツーツー
慌ただしく電話は切られてしまった。
「ノブ、どうだった?」
「忙しそうだったけどさ、色々聞けたよ」
信長はサニアに石倉から聞いたことを話した。
「今度来るんだね! ならその時にでも聞こうよ」
そう言ってシロワカの元へ飛んでいった。
「シロワカ、何か食べる?」
「シロワカ、タブレット使ってみる?」
「シロワカ、本読んであげよっか」
シロワカはうんざりするような顔を見せるが、サニアにやりたいようにやらせている。
「サニア、ちょっと」
「今シロワカと話しているの」
「いいから」
「うーもう」
不本意顔のサニアを呼ぶ。
「シロワカは人の言葉を理解するとはいえ猫なんだからもっと伸び伸びやらせてあげないと可哀そうだよ」
「――はーい」
「よろしい」
サニアから解放されたシロワカは信長に体を擦り付けると小さな声で「ありがとニャン」と呟いた。
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