第5話 エルメリ

「ちょっと待て。怪物って言ったか!?」


 エルメリが口にした言葉が引っ掛かった。


「そうだよ? 人が多い所ほど、森の怪物との棲み分けが難しくなるんだって。その怪物を狩るの」

「おいおい、冗談だろ……」


 まさか目の前のこの一見、可憐そうな女から怪物をどうのという言葉を聞くとは思わなかった。だが事実、こいつらこの世界の住人は、怪物を退治することで名を上げているらしい。どうなってんだ、この社会。イカレてるだろ。



 ◇◇◇◇◇



 7日をかけ、俺たちは高い壁に囲われたリガノという城塞都市へやってきた。途中、小さな町や大きな町を経由したが、できるだけ大きな所へ行こうと決まった。これより大きな都市は王都までいかないといけないらしい。王都までは20日程かかるという話だった。


 城塞都市の中は確かに人が多かった。自動車が無い分、日本の大都市並みに人が居るように思えてしまう。この中にナオミが居るのだろうか。仮に10万人の人が居たとして……半分が女としても、全員をナオミかと疑って調べるのに何年かかる? 俺は何年生きていられる?


 エルメリと二人、冒険者ギルドとやらの場所を聞き、件の建物へとやってきた。中はデカいホールになっていて、半分は酒場のようになっていた。いくつかあるテーブルには甲冑を着た連中が居た。マジで甲冑着て戦うのかよ。銃の類は見当たらない。日本刀も無く、西洋の剣みたいなのや、斧を傍に置いていた。


 甲冑を着ていない俺たちはここでは目立つ。村人か何かのように思われているだろう。実際、村人だしな。じろじろと見る連中もいたが、エルメリは気にした様子もなく、冒険者となるための手続きを始めていた。おかしな儀式めいたものをやって、ギルドカードというものを渡される。ただ、そこに書かれてる文字が読めなかった。


 エルメリはここでのやり方をギルドの世話人から教わって、木の板に仲間探しの掲示を行った。エルメリがその板を壁に掛けた途端、何人かが椅子から立ち上がった。


「よぉ、嬢ちゃん、仲間を探しているのか?」


 立ち上がった中の一人がエルメリに声を掛けてくる。他の連中は座ってしまった。力関係という奴だろうか?


「そう……です、はい」

「オレの一行パーティに入れてやろうか? どうだ?」


「いえ、私たちは他の――」

「いいんじゃないか。入れて貰えば」


 エルメリと、その男が驚いた顔をこちらへ向けた。エルメリは強面こわもてのその男にいくらか怯えていた。


「でもユキ……」

「いいと思うぞ。あんた、様子からして腕には自信あるんだろ?」

「新参者のクセに、その口の利き方は気に入らねえが、その通りだ。オレはこの辺じゃ一角団モノケロスのショーンベルクで通っている」


「仲間は多いのか?」

「ああ。オレの他、10人居る」


「ここでいいと思うぞ。半端な馴れ合いをするよりも、名を上げるなら強い連中の間で揉まれた方がいい。入れて貰おう」

「ユキ、でも私……」

「待て! この嬢ちゃんは構わない。だが、お前はダメだ」


 そう言うと、ショーンベルクはエルメリの肩を抱いた。

 ヒッ――と短い悲鳴のような声を上げるエルメリ。


「いやいや、待った。その子には手を付けないでやってくれ」

「お前はこの嬢ちゃんのなんなんだ? 旦那か?」


「いや、そうじゃないんだが、この子の面倒を見てやる義理がある」


 俺はショーンベルクの腕を掃い、同時にエルメリを引き寄せて俺の身体で隠した。

 ただ、その様子を見てか、誰かが椅子から立ち上がった音がいくつか聞こえた。


「――できれば俺と、にこの子を仲間に入れてもらいたい。俺が無理ならこの話は遠慮しておく」

「さっきも言ったが、新参のクセに口の利き方を憶えろ。オレはリーダーだ」


「だがこの子は仲間が欲しいんだ。わかるだろ? 下に付きたいんじゃない、仲間だ」


 ショーンベルクは眉を寄せて難しい顔をする。そして逡巡したのち――


「ならお前は何ができる?」

「俺か? 俺は教えてもらえるなら何でもする。荷物運びだってかまわないさ」


「荷運びだと? いったいどんな祝福を貰ってここへ来たんだ!?」


 ショーンベルクがそう言って笑うと、いつの間にか俺たちを取り囲んでいた男たちも笑う。


「俺は賢者らしいが、鑑定ってのができない賢者らしいんだ」

「何だそれは! 何の役にも立たねえじゃねえか!」


 どっ――と周りの男たちも騒ぎ立て、嘲笑う。


「それでも体力だけはあるらしくてな。だから使ってみないか?」

「………………いいだろう」

「団長? マジでか」――取り巻きが口々に言う。


「ああ。その嬢ちゃんのに入れてやるよ。ただし、口の利き方は覚えろ」

「善処するが、もともとこういう人間なんでな」


 ケッ――と悪態を吐くショーンベルク。言葉遣いを変えられないってのは嘘だが、無理なものは無理だと言っておいた方が後々便利だ。問題は、エルメリがここで折れずにやっていけるかだが、そこは俺が護ってやらないといけないだろう。


 ショーンベルクはその場で一角団モノケロスの仲間を紹介した。それから明日以降の予定と一行パーティの中でどんな役割をすればいいか、そして分け前についても教えられた。



 その後、エルメリとふたり、下宿を探しに向かったが――


「彼らはこの町では確かにいちばんの腕利きですが、評判はよくありません。考え直した方がいい」


 そう声を掛けて去っていく、フードを被った女が居た。






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