B#13「ヒーロー」
「えっと、それは、なんていうか……ごめん、さっき僕が言い間違えたかな。おばさんはまだ生きてるんだ。お墓参りといっても、キミのお墓のことだよ。あの火事で、僕だけ助かったんだ」
そうだ。天邪鬼がボクに化けたと思ってたけど、あれはお兄ちゃんだったんだね。
お母さんはどうして燃えちゃ
「事故だよ」
陽平はすかさず口を挟むと、わけを話した。
「僕らのケンカを止めようとして、転んでガスコンロの火を浴びてしまったんだ。僕は慌てて逃げた。リビングのガラス戸から脱出したその足で、隣の家まで助けを呼びに行ったけど、何度ベルを鳴らしても応答がなくて、おろおろしてまた走った。
自宅の前を通過したとき、突然、大きな音がしたんだ。びっくりしてウチの玄関に駆けつけると、隣のおばさんが大きなクワを振り下ろして、玄関のドアを見事にぶち破ってた。
僕はあまりの恐ろしさに叫んだかもしれない。おばさんは、クワを放り捨てて駆け寄ってきた。僕の肩をぎゅっとつかんでね、何度も心配そうに、大丈夫なのか訊ねた。
でも、当時の僕は、そのおばさんによく睨まれてたから、いつもと違う態度に戸惑って、反応ができなかったんだ。すると、おばさんはますます僕のことが心配になったらしくて、ひとまず、自分の家へ連れていった。
あとで知ったんだけど、どうやらその時のおばさんは、僕のことを屋根裏のキミだと勘違いしていたらしい。
僕が弟の陽平だとわかると、それまでやさしく声をかけてくれていたのに、一転して、僕を憎むような目に変わったよ。今にも首根っこをつかまれ、外に放り出されるかと思ったくらい、恐ろしかった。
だけど、僕の話を聞いて、両親にだまされていたことがわかると、またなぐさめてくれて、まるで花をかわいがるように僕の面倒を見てくれた。
その上、僕の親代わりになるとまで言ってくれた。
あの火事で、僕は死亡したと誤って警察に判断されてしまったから。行く当てがなかったんだ。母には申し訳ないけど、母よりもずっと親切なそのおばさんに、僕はついて行こうと決めた。
よその町へ引っ越すと、僕の人生はがらりと変わった。まず、死んだ『陽平』という名前を捨てて、『陽一』として生きることになった」
ボクのかわりに?
「そう、わかってほしい。入院しているというキミの行方は、警察にもつかめなかったんだ。あの火事で半壊した屋根裏も調べられたけど、残されていたのは、子ども部屋の形跡だけ。すでに母親に殺された可能性もあると判断する人もいて、結局、行方不明のまま捜索は打ち切られた。
そして、僕はおばさんの養子になった。
でも、キミのかわりに生きるのはラクじゃなかったよ。人から『陽一』って呼ばれるたびに、キミの人生を乗っ取ってしまったような、心苦しい気持ちにおそわれたし、嘘がうまくなるにつれ、本当の自分がなくなるようでつらかった」
ボクもだよ。今やっと思い出した。
ここにくる人たちはいつも、ボクのことを『陽平』って、呼び間違えてた。
「……ハハッ、おたがい散々だったな」
口では笑いながらも陽平は、血を分けた双子なのに、すべての不幸を肩代わりさせてしまった兄の陽一に申し訳が立たず、この取り返しがつかない過ちを、どうつぐなえば許されるのかわからず、悩んでいた。
ねえ、おばさんは、今も庭いっぱいに花を咲かせてる?
「庭? ああ、もちろん。ちょっとしたフラワーパークになってるよ。
おばさんはもう七十になるけど、朝の散歩を日課にして、健康にも気を遣ってるんだ。どれも僕の妻が勧めたことなんだけどね。ふたりは、本当の親子のように仲がいいんだ。趣味が合うんだろうね。ずいぶん前から自宅でガーデニング教室をやってるんだけど、それもなかなか評判がいい。センスのない僕はすっかり蚊帳の外だ。
そういえば、この間、古希の祝いに旅館の宿泊券をおばさんにプレゼントしたら、喜んでくれた。今頃は、妻と一緒にのんびり温泉でくつろいでるよ。元気で何よりだろ?」
……よかった。いつも寂しそうにしてたから、楽しく過ごしてるならいいんだ。
ボクもそんな楽しみをみつけたかったな。
「がっかりすることないだろ。天国にも楽しいところはある。ただ、キミの場合は、迷ってつかみ損ねるタイプだろ? 楽しみたいと思ったら、難しく考える前に扉をノックしてみるといい。
僕も休みの日は、サークル仲間を引き連れて、色んな名所を巡ってる。大人が夢中でおばけのことを研究してるんだ。笑っちゃうだろ?」
えっ! それ、ほんと?
兄の陽一が即座に食いついた。
「うん。まあ、望んでこうなったわけじゃないけど、霊感を持ってるからには、存分に使わないと」
陽平はこともなげにそう言ったが、実のところ、暇さえあれば、フィールドワークに出かけるほど熱を入れて、民俗学と霊との対話による新たな視点からおばけのデータ収集に励んでいるのだった。
いいな、ボクも行きたいよ!
「お、じゃあ」
行く? と陽平は調子よく言いかけたが、寂しげに笑う父の顔が脳裏をかすめ、たちまち眉をひそめた。
「いや、でも、キミは……そろそろ天国に行かないと。お父さんも首を長くして待ってると思う」
わ、わかってるよ、ちょっと……言ってみただけ。
ねえ、お兄ちゃん。──じゃなかった、陽平さん。
「なんだよ、改まって」
あの、ありがとう。
つらいこと聞いちゃったけど、陽平さんが励ましてくれたおかげで、気分は前より軽くなったみたい。
「そ、そうか。なら、よかった」
照れくささを笑いでごまかし、陽平は言った。
「ずっと待たせて、ごめんな」
数年前から噂になっていることは知っていたが、死んだ兄に恨まれていると思い、踏みこむ勇気がなかったのだ。
許してくれ、と心のなかで告げると、目に涙があふれてきた。
いいんだよ。ボクだって、お父さんの嘘を見抜けなかった。
屋根裏の戸を開けて、確かめることだってできたのに、最初から諦めて奇跡みたいな幸せを祈ってるだけだった。
ねえ、お父さんの夢を知ってる?
「陽一の病気が治ること……いや、陽一の夢が叶うことじゃないか?」
兄の陽一は、にんまりと笑って言った。
ボクたちが夢を叶えることだと思う。
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