A#3「ボクとお母さん」

「……あ、いや。座敷わらしに父をとられて、さぞかし、つらい思いをしただろうなと思って」


 ああ、うん。……いなくなればいいのにって、思ったこともある。


 でも、同じクラスにお父さんのいない子がいたんだ。

 ボクの場合、そばにいてほしいときに頼れるだけマシかも、って思ったら、だいぶ気がラクになったよ。


 座敷わらしをどうにかしたいって気持ちもなくなった。

 ボクは、ただ座敷わらしに会ってみたかったんだ。


 だけど、天井の戸には鍵がかかってるし、全力でジャンプしても手はかすりもしないし、友だちは、

『どうせネコかキツネだろ』と言って信じてくれないし。


 なんにもできずに突っ立って、天井の戸を見上げてたら、なんだかムカついちゃってさ。

 どうしても諦められないっていうか、悔しい気持ちが込み上げてきたんだ。

 

 それで、学校の休みの日にちょっと思いついたボクは、お母さんにバレないようにこっそり庭に出て、洗濯物のかかってる物干し竿を内緒で借りることにした。

 階段の上まで戻ってくると、それを縦に握って、下から、トントンと戸をつついてみたんだ。


 しばらくすると、『誰?』って返事があった。


 びっくりさ!


 陽一も目を丸くして賛同した。

「ネコやキツネは、しゃべらないもんな」


 そう! あれは、子どもの声だったよ。

 すごいや、座敷わらしは本当にいたんだって、ボクは感動した。

 慌てて、天井の戸に向かって挨拶したけど、最悪さー……。


「どうした」


 お母さんにみつかっちゃったんだ。

 ものすごく怒った顔で、階段をのぼってきた。

 あれは、山で熊と遭遇したときよりも、はるかにこわかった。


『陽平! 庭に洗濯物放りだして、何やってるの!』ってお母さんに怒鳴られた。

 隣の家まで響くほど大きな声だった。

 物干し竿を取り上げられて、バシッ、バシッて、おしりを叩かれた。

 もう、痛いのなんのって……。


 でも、叩かれるのには慣れてたから、それくらいのことじゃ、ボクはへこたれなかったよ。

 涙もこぼれなかった。でも、そのあとで、


『今度、その戸に手を出したら、おばけより先に出て行ってもらいますからね!』

 ってお母さんに脅されて、さすがのボクもへこたれた。

 だって、本当にこわかったんだもん。


「そうか、そういうことだったのか。悔しいな」

 陽一は座ったまま、平手で膝を打った。僕がそれを知っていたら、と思うと、歯がゆくて仕方なかった。


 悔しいよ! と、少年も真似して膝を打った。


 座敷わらしがそんなに大切かよ、座敷わらしのほうが好きなのかよ!

 って思ったけど、どうもわからないんだ。


 お母さんは、お父さんと違って、あいつを嫌ってるみたいだったから。


 だって、屋根裏に上がるのは、週に一回くらいだし、お父さんから頼まれたお供え物を持って行くのだって、簡単に忘れちゃうし。

 お母さんはきれい好きだから、屋根裏に上がって、掃除はしてたけど、それも、見るからに面倒くさがってた。


 たぶん、幸せを逃がしたくなかったから、渋々あいつの世話をしてたんだと思う。


 真面目な話だよ。

 なんで、笑うのさ、お兄ちゃん。

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