EP 5

秘密の贈り物

ユキナの献身的な世話は、その後も続いた。

アルトがお腹を空かせればミルクをくれ、おしめが汚れれば文句一つ言わずに替え、そして眠るまで優しい子守唄を歌ってくれる。

(はぁ……情けないなぁ、俺。10歳の女の子にここまでしてもらって……。しかし、今の俺は赤子だもんな。どうしようもない……)

ベビーベッドの中からユキナの姿を見つめながら、アルトは無力感と感謝の入り混じったため息をつく。彼女はアルトの世話だけでなく、他の子供たちの面倒を見たり、ミーニャの手伝いをしたりと、休む暇もなく立ち働いている。

(いつも俺の世話ばっかりで、ユキナ自身は休めてないんじゃないか? 何か……俺にもできることはないか? そうだ……)

アルトの視線が、部屋の隅にある棚に向けられた。そこには、子供たちが良い子にした時にもらえるお菓子が入っている、ガラス製の菓子入れの器が置かれている。今は中身が空っぽだ。

(あれを使おう。大変だろうけど……やるしかない)

赤子の未発達な脳で意識を集中するのは、精神をすり減らす作業だ。だが、アルトは固く決意した。

(慎重に……慎重に……。イメージするのは、地球のコンビニで売ってた、色とりどりのフルーツキャンディ。個包装のやつだ……。届け、俺の感謝の気持ち! 【地球便】!)

心の中でスキルを発動すると、アルトの精神力はごっそりと持っていかれた。だが、その代償は確かに支払われた。空っぽだったはずの菓子入れの中に、カラフルな包み紙の飴玉が、音もなく満たされていた。

しばらくして、畑仕事を終えたニックとウッシが、泥だらけの顔でプレイルームに戻ってきた。

「あー! 腹が減ったなぁ!」

「ニック、オヤツはまだかな?」

「まだ仕事が残ってるでしょ? 手を洗って、洗濯物をたたむのを手伝ってちょうだい」

ユキナが母親のように言うが、ニックの目は部屋の中をきょろきょろと彷徨い、そして、棚の上の菓子入れを見つけた。

「あれぇ? ユキナ、菓子入れに飴玉がたくさんあるぜ?」

「え?」

ユキナも驚いて菓子入れを見る。キラキラと光を反射する、見たこともない包み紙の飴がぎっしりと詰まっていた。

「ほんとだ……。さっきまで空っぽだったのに。ミーニャさんが持ってきてくれたのかしら?」

ユキナが不思議そうに首をかしげる横から、巨大な影が動いた。

「も〜らい!」

「あ! ウッシずるい!」

ウッシが一番大きな飴玉をひょいと掴み、器用に包み紙を剥がして口の中に放り込む。その行動に、ユキナも慌てて自分の分を手に取った。

「私も!」

「俺も俺も!」

三人は、初めて見る地球のキャンディを口に含み、そして、その目を大きく見開いた。

「おいしいぃ……! なにこれ、お花の蜜みたい!」

「あ、甘い……。ただ甘いだけじゃない、なんか……すっぱい?」

「う、旨いなぁ! こんな味、初めてだぞ!」

イチゴ、レモン、メロン。異世界には存在しない果物のフレーバーが、子供たちの舌を虜にする。その幸せそうな笑顔を、アルトはベビーベッドの中から満足げに眺めていた。

(よかった。美味しく食べてくれ)

それは、無力な赤子であるアルトが、自分の力で「与える」ことができた、初めての喜びの瞬間だった。

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