EP 4
お姉さんと、悪ガキと、最初の屈辱
アルトがミルクファームにやってきて、数日が経った。
温かい寝床と栄養のあるミルクのおかげで、赤子の体は少しずつだが確実にしっかりとしてきた。彼は人生(二度目)のほとんどを、日当たりの良いプレイルームに置かれたベビーベッドの中で、寝たり起きたりしながら過ごしていた。
その日、ベッドの周りに三つの影が落ちた。これまで遠巻きに見ていただけだった、年長の子供たちだ。
「この子が、新しく来た子なの?」
アルトの顔を優しく覗き込んだのは、黒髪のポニーテールが似合う、人間の女の子だった。彼女がユキナだろう。その眼差しは、慈しみに満ちている。
「そうよ、アルト。みんな、仲良くしてあげてね」
そばで見守っていたミーニャが言うと、元気な声が二つ、同時に響いた。
「おう、分かった! ミーニャさん!」
「任せとけ!」
豚耳の少年ニックと、牛耳の少年ウッシだ。ニックは興味津々といった様子で、アルトのぷにぷにした頬を指でつつこうとする。
(うおっ、やめろ! 気安く触るな!)
アルトが内心で叫んでも、もちろん誰にも聞こえない。そのニックの指が頬に触れる寸前、ピシャリ、とユキナの手がその手を叩いた。
「こら、ニック! 赤ちゃんにそんな乱暴しちゃダメでしょ! 私がお世話するから、貴方たちは向こうに行ってて!」
「な、何だよぉ! 俺だって兄貴分としてだな……!」
「いいから!」
ユキナのきっぱりとした物言いに、ニックは口を尖らせる。そんな親友の肩を、ウッシがぽんと叩いた。
「仕方ない、ニック。ミーニャさんに言われてた畑仕事、今のうちにやるか」
「……分かったよ。行こうぜ、ウッシ」
二人の少年は、少し名残惜しそうにしながらも、連れ立って庭の畑へと向かっていった。
プレイルームには、アルトとユキナの二人だけが残される。嵐が去ったような静けさの中、ユキナはアルトに向かって天使のような笑みを浮かべた。
「ふふ、騒がしくてごめんなさいね、アルト。さぁて……」
ユキナは慣れた手つきで、新しいおしめと洗い立ての布を準備し始める。その光景が何を意味するのかを察した瞬間、アルト(勇馬)の精神に激震が走った。
(……ん? まて、まてまてまて! まさか……)
「はぁい、おしめを替えましょうねぇ。きれいにしてあげるからねー」
ユキナの優しい声が、今は悪魔の囁きに聞こえる。彼女の小さな手が、アルトの服の裾に伸びてくる。
(ま、まじかよ!? 年下の、しかも女の子におしめを替えられるだと!? 冗談じゃない! 俺は20歳の男だぞ! プライドが! 尊厳が!)
赤子の体は抵抗一つできず、されるがままだ。羞恥と屈辱で、魂が焼き切れそうだった。
(こ、殺してくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!)
桐島勇馬、享年20歳。異世界転生後、わずか数日にして人生最大の屈辱を味わう。
彼の声にならない絶叫は、もちろん誰の耳にも届くことはなかった。
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