異世界転生×ユニークスキル 【地球便】で無双する!?

月神世一

地球の勇者

アスファルトより出ずるもの

大学の最終講義を終えた気だるさが、全身にまとわりつく。愛用のバイク、ホーネットのエンジン音だけが、コンクリートの谷間に虚しく響いていた。

「はぁ……」

桐島勇馬(きりしま ゆうま)、20歳。彼が今考えているのは、単位のことでも、将来のことでもない。この後すぐに出勤しなければならない、コンビニバイトのことだった。

「今日は面倒くさい、店長とコンビか……。あの人、口うるさいんだよな」

バックヤードでの説教を想像して憂鬱になりながら、赤信号で停止する。排気ガスの匂いが鼻をつき、ありふれた日常がゆっくりと過ぎていく。そう、いつも通りの、退屈なはずの一日だった。

その瞬間、世界が軋むような異音が響いた。

「ん?」

振動。地面が揺れている。地震か?いや、違う。勇馬の目の前、交差点のど真ん中のアスファルトが、まるで粘菌のように蠢き、盛り上がり始めたのだ。

「なっ……!?」

次の瞬間、轟音と共に黒いアスファルトを突き破り、巨大な金属の塊――トラックが、地面の底から隆起してきた。ありえない光景に、思考が停止する。

「し、下からだと!?」

それが、桐島勇馬の最後の言葉だった。下から突き上げられるような衝撃と浮遊感の中、彼の意識は闇に飲まれていった。


真っ白な、どこまでも続く空間。荘厳な玉座に、一人の女神が退屈そうに座っていた。

「こ、ここは……? お、俺はトラックに下から突き上げられたような……」

混乱する勇馬の声に、女神はぱっと顔を輝かせた。

「その通りです、桐島勇馬さん。貴方はトラックに轢かれて死んだのです」

「あ、あんたは!? いや違うだろ!? あんな理不尽なトラックの跳ねられ方があるかよ!?」

勇馬の抗議にも、女神は悪びれる様子もなく優雅に立ち上がる。透き通るような青い髪、神々しい衣。その美貌とは裏腹に、彼女の口から出た言葉は信じがたいものだった。

「はい、私の名はアクア。……実は、どうしても試してみたい異世界転生用のスキルを思いつきまして。その最終テストに、ちょうど良さげな貴方を殺ってみました」

「な、なんだよ! コイツ! 人殺し! お巡りさああん!!」

魂だけの体で、勇馬は全力で叫ぶ。だが、ここは法も警察も存在しない神の領域。アクアは「えー」と口を尖らせる。

「そんなこと言わないでくださいよぉ。その代わりと言ってはなんですが、とびっきりのスキルと、超イージーモードな王族の生まれ変わりにしてあげますから! ね、これで許して下さいよ!」

「王族? とびっきりのスキル?」

あまりに都合の良い言葉に、勇馬の怒りがわずかに揺らぐ。

「はい! その名もスキル【地球便】を授けます! 念じれば地球の物が宅配されて、すぐに現物が出てくる超便利スキルなんです!」

「……そんなに良いスキルなのか?」

「はい! これで王族に生まれ変わるんですから、超絶簡単な勝ち確人生、間違い無しですよ!」

アクアは胸を張って断言する。その自信に満ちた態度に、勇馬の心は大きく傾いた。

(理不尽な死に方はムカつくが……王族に転生して、便利なスキル持ち? それなら……悪くない、のかも……しれない)

「そ、そうか……。それなら、良いかも……」

「決まりですね! では、異世界アナステシアに行ってらっしゃいぃ〜!」

アクアが軽やかに手を振ると、勇馬の意識は再び光に包まれ、遠のいていった。


次に意識が覚醒した時、視界はぼやけ、手足は思うように動かなかった。聞こえるのは、知らない言語と、自分の甲高い泣き声。

(何だよ、この赤ちゃん転生は!? まあ、王族ならこんなものか……?)

状況を受け入れようとした勇馬の耳に、絶望的な会話が飛び込んできた。

「マーリア、諦めろ」

氷のように冷たい、威厳のある男の声。

「貴方……! この子を、アルトを殺すつもりですか!?」

涙に濡れた、若い女の悲痛な声。どうやら彼女が母親らしい。そして、自分の新しい名前は「アルト」らしい。

男――ルミナス帝国の皇帝クルセイは、冷徹に言い放つ。

「仕方ないのだ。我が国の第一皇子は既に決まっておる。お前との間にできたこの子が育てば、いずれ必ずや皇位を巡る争いが起きる。遺恨を残さぬ為に、この子は“無かった事”にする」

「そ、そんな……! あぁ、アルト……!」

母親マーリアが、生まれたばかりの我が子を抱きしめる。

(あれ? 皇帝の息子として産まれて……殺される!? アクアテメェェェェェ!!)

アルトの中にいる勇馬の魂が絶叫するが、赤子の体では抗議の声も上げられない。話が違う。勝ち確人生じゃなかったのか。

その夜、マーリアは誰にも見つからないよう、アルトを腕に抱いて城を抜け出した。向かうのは、魔物が住むという深い森。

月明かりの下、マーリアは涙をこぼしながら、我が子を木の根元にそっと横たえた。

「ごめんなさい……ごめんなさい、アルト……。私には、あなたをこの手にかけることなんてできない……」

母親の温もりが離れていく。ひんやりとした土の感触と、鬱蒼とした森の匂い。

「どうか、どうか……生きておくれ!」

絞り出すような最後の言葉を残し、マーリアは走り去っていった。遠ざかる足音。やがて、それも聞こえなくなり、赤子のアルトは完全に一人になった。

静寂。闇。そして、どこかから聞こえる獣の遠吠え。

(何が勝ち確人生だ……! 何が王族転生だ……! 生まれて数時間で、森に捨てられるってどういうことだよ!?)

無力な赤子の体で、アルト=桐島勇馬は、あのふざけた女神への怒りに震えた。

「アクアァァァァァァァァァッ!!」

声にならない魂の絶叫が、アナステシアの夜の森に虚しく木霊した。

だが彼は、この絶望の淵でまだ思い出していなかった。

理不尽な女神が気まぐれに押し付けた、唯一にして最大の希望。

この世界の理すら捻じ曲げる、ユニークスキルの存在を。

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