第12話 最愛の貴方と結婚したい SIDEエヴァルト
仕立て屋で洋服を買った後は、ペンやノートなどの文房具を見て回って、石鹸などを見に行った。髪を洗うものも、身体を洗うものも、特にこだわりはない。なのにスフィア嬢は「私もそれにします!」というものだから、流石に適当に選んではいけないとじっくり選んで、気がつけば昼食の時間になっていた。
「さて、何を食べましょうか? エヴァルトさんは甘いものが不得手、蒸した鶏肉が好き、ですよね?」
「その通りだよ。思ったんだけど、なんで君はそんなに僕について詳しいのかな?」
「愛の力です」
「えぇ……?」
「そして愛の力によって、この先の公園の中に、ケバブの屋台があることを知っています。さらに、エヴァルトさんの歩幅だとあと五十歩で到着するということも……」
「えっまって歩幅ってなに? そんなの一度も測ったこと無いよ……?」
「こちらです、行きましょう!」
スフィア嬢はぐんぐん屋台へと向かっていく。屋台の存在は本で読んだから知っているけど、買い方なんて分からない。不安を覚えながら屋台に辿り着くと、雑誌の写真で見たとおり大きくてお肉を吊るして、店員さんが削ぐように切っていた。
「私、ケバブ生で見るの初めてなんですよ! すごいですね!」
「君も食べるの初めてなの……?」
「はい! 街や屋台を見るのも初めてなのでエヴァルトさんと一緒ですよ〜!」
確かに、彼女の傷を見るに、屋台へ連れて行くような大人はいないと考えるのが妥当だ。僕は彼女と一緒にケバブが出来ていく過程を眺めながら、注文方法を注意深く観察した。やがて他の客に倣って注文をすると、すぐに出来上がったものを渡された。
「美味しそうですねえ!」
僕たちは少しだけ歩いて、公園のベンチに腰をおろした。目の前は花壇に囲まれた噴水があって、周りでは子供がはしゃいでいる。
「では、頂きましょうか」
「うん」
スフィア嬢が食べるのを待っていたけど、彼女は僕を食い入るように見つめている。先に食べるのは悪いと思っていたけど、どうやら僕が食べないと駄目そうだ。意を決して一口食べると、「かっこいい」と彼女はうっとりしながらケバブを食べる。視線は僕に固定していて、気恥ずかしい。
「美味しいですね!」
「うん……美味しい。これはパン……なのかな? なんだかすごく弾力があるけど」
「ピタ、っていうらしいですよ! そう言えば私とエヴァルトさんのケバブ、丸いピタを半分にして作られていましたね……一つのピタが私達のケバブになったということです。やっぱり運命ですよね」
「わりとあることじゃないかな? 皆、二人組で買っていたし……」
「私とエヴァルトさんが出会ったのは奇跡であり必然、そして運命です。いつか何年後かに恋人としてケバブを食べましょうね」
「返事がし辛い……」
前まで、好きだと言われたらありがとうで済んだ。だというのに彼女の好意はあまりにまっすぐで、打算が感じられない。こちらも誠意を持って、返さないとと思ってしまう。どうしたものか悩んでいると、彼女は「あっ」と声を上げた。
「あ、では将来的な重めの話ではなく楽しい話にします? 私が聖女として覚醒した話とかどうですか?」
「一番重くない……? 君にとって聖女として覚醒した話、楽しいに分類されるの……?」
聖女はこの国で、特別な存在だ。神様の遣いとされている。魔物に対して絶対的な力を持つ救世主で、光の魔力を使い、浄化、治癒、防御が出来ると言う。そして、それがスフィア嬢の役割らしいけど、大変だ。僕も魔術師として王都に危険が迫れば向かわなくてはいけない。でもアンテルム王子、レティクス、ラングレンと責任は四分割されている。しかし、彼女は聖女という立場だから、替えが利かない。その分責任ものしかかってくる。
そう考えると、強い憐憫を覚えた。その重荷を変わってあげたいと、願う。
「だって、世界を救う力を手にできたんですよ? 最高じゃないですか? 誰かを助けたり守ったり出来る力があるんですよ?」
「でも、負担じゃないかな。皆が君に期待をしている。聖女の負担はいつだって、あまりに多い」
「でも、失敗は誰にだってありますし、反省して、挽回すればいいんです!」
「え……?」
スフィア嬢は、真っ直ぐ僕を見た。
「逃げて休んで、また立ち向かえばいい。人間、終わりが肝心です! 間違いながら、間違えないように、毎日生活をしていくんです!」
強い意志の込められたその言葉に、心臓が締め付けられた。なんて強い女の子なんだろう。彼女は僕を見て嬉しそうに笑っている。見覚えのある公園だし、来たことだって一度や二度じゃない。この辺りは、よくアンテルム王子がお忍びで城を抜け出し、ラングレン、レティクスと遊んでいたような場所で、見慣れている。
でも、今は見慣れたこの景色が、輝いて見える。
「む、無視!? 放置プレイがエヴァルトさんの性癖なら私は受け入れますが……?」
「いや、そんな性癖はないよ。……っていうか、ソースついてる」
「取ってくれますか!?」
「……うん。いいよ」
おそるおそる、壊さないようにスフィア嬢の唇のはしに触れた。「採寸しますか!?」なんて身を乗り出して言ってきたのに、彼女は顔を真っ赤にしていて、初めて誰かをかわいいと思った。
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