第36話 敵襲


 腰を落として臨戦態勢を整えた自警団の面々。レオも鋭く茂みを睨みつける。



「私だ!」



 茂みから飛び出してきたのは、クリオだった。その表情は緊迫していて、すぐに周囲をぐるりと見回した。



「ゴブリンの群れだ。この辺りにしては大きいし、ホブゴブリンもいる。近くに巣があったのかもしれない。自警団の第一部隊は私と来てくれ。他はレオさんと共にここで皆を守るようにと」



 ゴブリンの群れ、そしてホブゴブリンの存在。ゴブリン自体は下級の魔物であっても、束になれば厄介だ。さらに指揮を執るホブゴブリンがいれば余計に面倒な戦いになる。


 領民たちは互いに顔を見合わせ、身を寄せ合う。自警団の面々の顔つきも、いつになく緊張していた。



「領主様のご指示だ」



 不安に満ちていた領民たちの表情が、クリオの一言で引き締まる。



「領主様が、そう言うなら」


「ああ。必ず全員無事に帰れるさ」



 それぞれの瞳に決意の炎が揺らめく。オービスは、どこの領主よりも引きの判断が早い。少しでも無理だと思えば領民たちを引かせる。けれど今回は、ここで待機。


 それぞれが家族に出立の挨拶をして回り、次々とクリオの元に集まる。



「行くぞ、お前ら!」



 クリオの咆哮のような声に、自警団の第一部隊が武器を掲げて雄叫びを上げる。そして身軽な装備を活かして素早くオービスたちの元へと駆け抜けていく。残る自警団の面々も、周囲の森に向けて武器を構え目を凝らし、耳を澄ませる。



「本当に、凄いですね」



 スキウルスは小さく息を漏らす。領主様の言葉。それが領民たちに与える安心感。それはこれまでオービスが積み上げて来た絶大な信頼によるもの。



「ええ。うちの子、凄いのよ」



 カリタスはおちゃめにウインクをして、領民たちの様子を見て回る。ラナも同じく、領民たちの不安を和らげるために動く。二人もまた、領主の配偶者としての責任の元で笑顔を絶やさない努力をしていた。


 そんな姿を見ながら、スキウルスは深呼吸をする。そしていつもの微笑みを浮かべると、領民たちに歩み寄る。領主の婚約者として。将来、この領地で生きる者として。


 一方のオービスは、ゴブリンの群れを相手に剣を振っていた。



「アクイラ! そっちに弓兵!」


「了解! 領主様、魔術師です!」


「ああ! 切り倒す!」



 二人は目に見える敵の情報を共有しながら剣を振り続ける。倒しても倒しても湧き出てくる敵。その量の多さに辟易しながらも、脳裏に浮かぶのは家族や領民たちの顔だった。



「アクイラ! 死ぬなよ!」


「分かっています!」


「ラナを泣かせたら、殺す!」


「泣かせませんってば!」



 義兄弟の連携はすさまじく、領民たちが集まる地帯へ寄りつこうとしていたゴブリンたちはじりじりと後退していった。



「それにしても、よくこんな群れ、見つけましたね!」


「偶然だ! 森を歩いていたら、正面から来てくれたさ」



 スキウルスの言葉にショックを受けながら歩いていたオービスのどんよりとした空気。それを魔物が好む魔力の源だと勘違いして集まって来てしまった哀れなゴブリンたちだった。


 しかし、ゴブリンには魔力の源を求めるほどの力はない。自給自足の魔力で事足りるはず。それなのに魔力の源を求めたということは。



「アクイラ、こいつらの脳には触れるなよ」


「合点承知の助ですよ!」



 脳を切ることはせず、刎ねるなら首を。脳の中で生きているらしい小さな魔物に寄生されないための唯一の対抗手段だ。



「でも、脳から出てきたりとか、しないんですかね?」


「さあ、な!」



 オービスは背後からホブゴブリンに忍び寄り、力で叩き切る。ぐちゃりと潰れた死体が積み上がっていく中、まだまだゴブリンたちは湧いてくる。



「キリがありませんよ」


「おそらく、巣に居場所がなくなったんだろうな」


「そ、それじゃあ、巣にはこいつらよりも高位のゴブリンや魔物がうじゃうじゃって話、じゃ!」



 アクイラも突っ込んできたゴブリンに剣を突き立てる。そろそろ息が上がってきた。けれど、二人の瞳の炎が消えることはない。



「もうじき、クリオが援軍を連れて戻ってくる。それまで耐えろ!」


「そんなの、余裕ですよ!」



 二人はそれぞれ背後からゴブリンを切り倒す。木々の間を自在に飛び回り、素早く背後を取って命を刈り取る。集団戦だけでなく、個人戦の訓練もしてきた賜物の立ち回りだ。



「気を引き締めろ。ここで俺たちが負ければ、ラナたちが危ないんだからな」


「当然ですよ!」



 二人は足を止めない。止めれば、動けなくなることを知っている。二人で百以上の集団の相手をすることなど容易ではない。ましてや、いつもと違い連携するゴブリンだ。それに魔法を使う者や防具を揃えた者までいる。



「これ、結構キツイですって!」


「大丈夫だ。俺たちなら」



 オービスは再び剣を握り直す。アクイラはそれに倣うように深呼吸をして再びゴブリンに斬りかかる。



「お待たせしました!」



 その声と共に、アクイラの背後を狙っていたゴブリンの弓兵が倒された。そこに立っていたのは、クリオ。オービスとアクイラの表情に明るさが戻り、オービスは力強く剣を掲げた。



「行くぞ、お前ら!」


「おぉ!」



 自警団の面々の声が轟き、ゴブリンの群れをさらに後退させていく。オービスはクリオに視線を向けると、頷き合って戦線の先頭に躍り出た。


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