第23話 旅の終わり


 馬車は進み、領地に帰還する。オービスの帰還を今か今かと待ち侘びていた領民たちは、ネルヴァとレオが乗った馬が見えた瞬間に大歓声を上げた。



「領主様だ! 領主様のお帰りだ!」



 誰からともなく雄たけびを上げ、その帰還を知らせに走る。馬車が到着する頃には、辺境伯邸の方からカリタスとラナ、アクイラ。そしてクリオとドラコも駆けつけた。



「兄様!」


「ラナ!」



 オービスは出迎えてくれたラナに破顔すると、自然と腕を広げる。ラナも躊躇なくその腕に飛び込み、二人は温かく抱擁を交わした。その様子を領民たちは微笑ましく見守り、カリタスは二人を丸ごと抱き締める。



「おかえりなさい、オービス」


「ただいま戻りました、母様」



 カリタスは穏やかな顔つきでオービスの黒髪を撫でる。そして二人から離れると、今度はスキウルスに腕を広げた。



「私のもう一人の息子も。帰還を喜ばせてくれないかしら?」



 そのどこか悪戯っぽい声に、スキウルスは躊躇いがちに近づいた。カリタスは一瞬だけ、ふわりとスキウルスを抱き締める。そして離れ際、耳元で囁いた。



「あまり長く抱き締めたら、きっとうちの子は拗ねてしまうから」



 その言葉にスキウルスは自然と顔が熱くなる。思わず視線をオービスに向ける姿にカリタスがくすくすと笑った。



「ふふ、本当にお似合いな二人ね」



 カリタスの呟きにスキウルスは赤面するけれど、オービスはまだまだラナに夢中。そんな姿にネルヴァが咳払いをした。



「領主様、大切なことがあるでしょう?」



 オービスはハッとするとコクリと頷いた。



「そうだったな。まずは、良い知らせだ」



 オービスはそう言いながら馬車に隠れていたイレーネを下ろす。イレーネは不安でいっぱい、泣きそうな顔をしていたけれど、オービスはその頭を撫でてやる。



「ほら、イレーネ。大丈夫だから、な?」


「イレーネ!」



 その姿に目を丸くして、杖をついて精一杯の速さで駆け寄ってきたラモン。その表情にはイレーネ以上に不安と心配が宿っていて、イレーネの前まで来ると杖を投げ捨ててイレーネを抱き寄せた。



「どこへ行っていたんだい! 何も言わずに!」



 ラモンの悲痛な叫びに、イレーネは我慢できずに涙を溢れさせた。



「ごめ、ん、なさっ」



 イレーネが発した声に、領民たちは顔を見合わせる。あのラナが言葉を発した。それは領民たちにとって大きな驚きだった。ラモンも声を聞いたことはあったものの、ここまではっきりとした声は初めてだった。目を丸くして、イレーネの顔を見つめる。



「イレーネ、声が」


「領主様と、お話、した。わたし、は、生きてて、良いって」



 イレーネの言葉にラモンはイレーネを強く抱き締めた。



「当たり前でしょう! イレーネは私の大切な子なんだから。イレーネがいるから、私も生きていられるんだよ」



 ラモンはポロポロと涙を流す。イレーネは戸惑いながら、その涙を止めようとするかのように強く抱き着く。



「ごめん、なさい」


「もう、勝手にいなくならないでね。私には、イレーネが必要だから」



 イレーネがこくりと頷き、ラモンは酷く安堵したようにさらにイレーネを抱き締める。二人の心がさらに深く繋がっていく。


 その様子に微笑みながら、オービスはさらに馬車からオーク肉の塊や皮を下ろしていく。



「これは旅の途中の収穫だ。皆で分けてくれ!」



 思わぬ食料に、各村の村長たちが近づいてきてそれぞれの村で均等になるように分けていく。そこからさらに各家々に分けていくのがいつもの流れ。領民たちはそわそわしながら分配を見つめている。



「それから、クリオ、ドラコ」



 オービスは二人に声を掛けながら、ネルヴァを視線で呼び寄せる。集まった従士たちは馬車に残された遺体と遺品を見つめる。



「この者たちの身元の究明を急いでくれ。時間が掛かるようなら、火葬の用意も。ひとまず私の屋敷の地下に運び込んでくれ」


「分かりました」



 三人は手分けをして遺体を辺境伯邸へと運び込む。その様子に気が付いた領民たちは、手を合わせて祈りを捧げる。あの者たちが安らかに眠ることができるように、家族の元へ帰ることができるように。



「領主様」



 オービスは声を掛けられて振り向く。そこに立っていたのは領民のタルパ・アトルム。ポルン村の端に家を構え、鉱山の管理をしている。その表情はどこか怯えたように眉に皺が寄っていた。



「どうした?」



 オービスは努めて穏やかに言葉を返す。すると、タルパは深く深呼吸をしてから頭を下げた。



「申し訳ございません!」



 突然のことに驚きながらも、オービスはその肩に触れて顔を上げさせる。



「まずは何について謝っているのか、教えてくれるかな?」



 オービスの真っ直ぐで逃れようのない視線。タルパはもごもごと口籠もりながらも説明を始めた。



「実は、その。今朝、いつものように採掘をしていましたら、ですね? その、家が、水没しました」


「え? 大丈夫だったか? 怪我は? 家族は?」



 オービスはガシッとタルパの肩を掴んで傷の有無を確認し、後ろで身を寄せ合っているタルパの配偶者たちを見つけて深く安堵の息を漏らした。



「命は無事か。良かった。それで、水没の原因は?」


「それが、その。新たな水源を、発掘しました」


「え?」



 オービスはその言葉に目を丸くした。そばで話を聞いていたスキウルスは何か思い当たる節があるかのように、ジッと考え込む。スキウルスの様子を見ていたカニスは、静かにその場から消えた。


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