第13話 馬車の旅
数日後、緊張した面持ちのオービスと、対照的にやけに笑っているスキウルス。二人はカニスが御者を務める馬車に揺られていた。周囲にはレオとネルヴァが護衛についている。
「山道は揺れますね。大丈夫ですか?」
「ええ。馬車の移動は慣れていますから」
スキウルスはオービスの心配に微笑んで返す。けれどオービスの不安げな様子は止まらない。
「では、どうしてそんなにも不自然に笑っていらっしゃるのですか?」
オービスの言葉にスキウルスの口角がピクリと痙攣した。
「不自然、ですか?」
「え、ええ。いつもの笑顔より、嘘っぽいと言いますか。国王陛下からの呼び出しに対して緊張しているのを隠そうとしているとかなら、ここには俺と殿下だけですし、まだ肩の力を抜いていて良いんじゃないですか?」
オービスの言葉の半分も聞かないうちに、スキウルスは考え込んでしまった。その様子にオービスは慌てる。
「あ、余計なことを言ったなら、失礼、あ、じゃなくて、すみませんでした」
スキウルスは顔を上げない。なにやらぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。オービスは邪魔をしないように声を掛けることは止めた。けれど眉を下げてその様子を見つめていた。
独り言が止むと、スキウルスはパッと顔を上げた。
「やっぱり、おかしいです。今まで、どれだけ嘘で笑っていても見抜かれることなんてなかったのに」
「え? いや、でも、いつもの笑顔と全然違いますよ? 完璧すぎると言いますか」
「いつもがだらしないと?」
「だらしなくないです! 可愛いです!」
スキウルスのどこか不貞腐れた声に、オービスは思わず勢いよく本音を漏らす。すぐに顔を赤くして、窓の外に視線を向けてしまう。スキウルスはぽかんとして、言葉を失った。
「う、噂には、聞いています。いつも笑顔の王子様だって。今までも、なんか違うと思ったことはありましたけど、二人きりのときは、少なくとも、良い笑顔だったので、気になっただけです」
しどろもどろになりながらなんとか釈明をしたオービス。スキウルスはグイッと前屈みになってオービスと距離を縮める。
「良い笑顔、とは?」
「そ、それは、その。俺の、好きな、可愛い顔、ですよ」
オービスはさらに真っ赤になりながらも言葉を絞り出す。スキウルスは不満げに眉間に皺を寄せたけれど、その頬は緩んでしまっている。
「そ、そういう、顔。可愛い、です」
オービスの追い打ちに、スキウルスは目を見開いてりんごのように赤くなってしまった。
「ち、違います! そういうことが聞きたいんじゃなくて、自然な笑顔にするにはどうすれば良いか聞きたかっただけで!」
スキウルスもてんやわんや。いつになくあたふたしてしまう。オービスはそっとスキウルスに視線を向けて、そんな珍しい様子にはにかんだ。
「か」
「それ以上言わなくても、顔を見れば分かりますから!」
恥ずかしすぎて涙目になりながらスキウルスが伸ばした手が、オービスの口を塞ぐ。オービスは突然のことに目を丸くしたけれど、すぐに柔らかに微笑んで頷く。
「伝わっているようで、何よりです。ちょっと、照れ臭いですけどね」
二人の間に甘ったるく擽ったいような空気が流れる。馬車の窓から、ひょっこりとレオが顔を覗かせた。
「お話し中に失礼します。もうすぐ王都へ到着します。下車のご準備をお願いします」
その言葉に二人の肩がビクッと跳ねた。スキウルスは慌てたように窓に顔を向ける。
「い、いつから聞いていた?」
「いや、全部丸聞こえでしたよ」
レオがケラケラと笑うと、反対側の窓からネルヴァも顔を覗かせた。
「領主様、案外大胆なのですね」
「ネ、ネルヴァ、あまりそう言わないでくれないか」
「良いことですよ。夫婦生活において、相手に素直な褒め言葉を伝えることは何より重要ですからね」
窓越しにニヤニヤと笑うレオとネルヴァに、オービスとスキウルスは脳みそが沸騰するのではないかと思うほどに顔を熱くさせた。
「そ、そろそろ準備する。王都が近いなら、強襲に備えてくれ」
「はい、領主様」
ネルヴァはにこやかに微笑んで警護に戻る。オービスは軽く咳払いをして身の周りの整理をすると、最後に剣を手に持った。
「父上の前には帯剣しては行けませんよ?」
「はい、分かっています。王城に入る直前でネルヴァに預けますから」
「いや、そんなに、警戒しなくても。私は王位とは無縁な身ですし」
スキウルスが眉を下げると、オービスは困ったようにくしゃりと微笑んだ。
「殿下がお困りになるなら、もちろんやめます。ただ、俺としては、大切な婚約者に何かあったらと思うと怖いだけです」
スキウルスはその自信なさげな表情に唾を飲んだ。何かを守りたいと強く願うその表情には、陰りがある。ただ純粋な好意だけではない淀みを含んだ仄かに暗い感情。スキウルスの拳に力が籠る。
「困ります。だから、やめてください。ここはレオとネルヴァさんに任せるべきです」
王族としての凛々しい顔つき。オービスは剣の柄を強く握り締めて、フッと力を抜いた。
「分かりました。殿下がそう仰るなら」
不安が滲む声に、互いに胸を締め付け合う。一転した空気に、御者台で全てを聞いていたカニスは小さくため息を漏らして曇天を見上げた。
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