第3話 婚約式の衣装決め
ラナとアクイラの結婚式は、オービスとカリタスが二人の気持ちを確認した翌日に盛大に執り行われた。オービスが先日王都へ行ったときに買っておいた純白のウエディングドレスを着たラナは、幸せそうにはにかんでアクイラの隣を歩いていた。
なにせ急な結婚式。アクイラは瞳と同じ緑色のハンカチを胸元に入れ、ネルヴァが十年以上前に結婚式で着たタキシードの肩を詰めて着ることになった。ドラコのタキシードの方が新しかったが、袖が寸足らず。ドラコは頬を膨らませていた。
父インウィクスの写真を手に参列したオービスは、ポケットにハンカチを三枚忍ばせていたものの、全て涙でぐしょぐしょにしてしまった。
入場で泣き、誓いのキスで泣き、家族への手紙で泣き。終始泣きっぱなしの領主に、領民たちはいつものシスコンぶりだと思いながらも笑いが堪えきれなかった。
結局、オービス以外は笑って終わったラナとアクイラの結婚式。それが終わると、今度は第三王子との婚約式の準備に領内は大慌て。オービスは、第三王子との婚約のために覚悟を決めていた。
三つの村を繋ぐ道を飾り立て、家々もお祝いムードで飾り付ける。自宅を飾り付けていたネルヴァは、力なく眉を下げてぎこちなく妻に微笑みかけた。
「本当に、これで良いのかな。領主様に全ての責任を押し付けるような結婚なんて」
「仕方がないわ。領主様には交流のある親族がいないもの。それに、これは領主様が決めたことよ。生半可な覚悟じゃないはずだもの。貴方は、いつものようにすぐそばで領主様を支えてあげて。私たちの分も、ね?」
ネルヴァは力強く微笑んでくれた妻をそっと抱き締める。部屋の中から窓を飾り付けていた三人の娘たちは、両親のそんな姿に黄色い声を上げる。ネルヴァは頬を染めながら微笑むと、家族と共に飾り付けを続けた。
辺境伯邸では、婚約式用の衣装を探してオービスがカリタスとラナと共に自室のクローゼットをひっくり返していた。
「ちょっと! 兄様、また身体大きくしたでしょ! これじゃあ入らないじゃない!」
「どうしましょう。これ以上肩幅を広げるなんて無理よ」
領地を守るために一日二回の鍛錬を欠かさないオービスは、すぐに服の身幅が合わなくなってしまう。数か月前に王都へ行ったときに限界まで肩幅を広げたシャツもタキシードも縫い目が広がるほどになってしまった。
「サ、サーコートじゃ、ダメ? ほら、家紋入ってるし」
申し訳なさそうにオービスが大きな身体を縮こまらせる。すると珍しくカリタスの垂れた目尻がキツネのようにつり上がった。
「どこの誰が戦闘服で婚約式に行くって?」
「う、ご、ごめんなさい」
シュンとしたオービス。カリタスがため息を漏らしながら縫い目が広がってしまったタキシードをどうにかできないかと考えていると、ラナがぴょこっと眉を上げてるんるんと部屋から出ていった。
「どうしたものか」
オービスは真剣な面持ちで考え込む。オービスは貴族。平民の仕立屋しかないピンパル辺境伯領ではすぐに貴族用のタキシードを仕立てることはできない。ましてや婚約の相手が王族となれば、きちんとした装いは必須だ。
「兄様、母様! これならどう?」
バーンッと勢いよくドアが開き、ラナが飛び込んできた。その手には、ラナの正装用の青いワンピース。ラナの深みのある髪色によく似合う鮮やかな青。
「これ、私にはサイズが大きくて着られないの。背中を少し割いてリボンで止めてさ」
「腰回りも切ってリボンで結えばどうにかサイズアップはできそうね」
ラナとカリタスは至って真剣に話し合いを進めていく。カリタスの手には、早速裁縫用の鋏。オービスは真っ青になって慌ててその手を掴んだ。
「か、母様? そ、そんな早まらなくても。他にアイデアがあるかもしれませんから」
「いいえ。もうないわ。それに、オービスも言っていたでしょう? ラナのワンピースを着て出ようかなって」
「いやいや、それは言葉の綾というか、その場のノリというかさ。ね?」
オービスがあわあわしているのをよそに、カリタスの掴まれた手からラナが鋏を抜き取る。
「兄様もそこまで覚悟しているなら、良いよね!」
ザクッと音がして、ワンピースが首元から腰までざっくりと切り裂かれた。その光景に、オービスは力なく崩れ落ちた。オービスが呆然としている間にもワンピースはリボンで彩られ、幅を広げられていく。
「よし、完成!」
二人がかりで完成させられたオービスサイズに合わせられたワンピース。青いリボンで飾られたワンピースは元々のデザインよりも可愛らしくなってしまった。
そうして試着をして、着替えをして。断り切れないまま婚約式当日を迎えてしまった。
「兄様、可愛い!」
「オービス、胸を張って!」
やけに楽しそうなカリタスとラナにメイクまでバッチリ施されたオービスは、渋々会場となる辺境伯邸のホールに向かう。そこに集まっていた領民たちは、オービスの姿に必死に笑いを堪える。
「領主様、えっと、綺麗っすよ!」
ドラコはどうにか親指を立て、堪えきれずに走り去った。オービスは、もう虚無を顔に映していた。
「王家の馬車が来ました!」
ネルヴァは報告のためにホールの入り口を開けると、絶句。そのまま呆けているネルヴァの肩をクリオが叩いた。
「お出迎えに行くぞ」
「は、はいっ」
二人が出迎えに向かってからしばらく。荘厳な空気とともに深みのある暗い赤髪と高級品である眼鏡が特徴的な男が現れた。小柄で線が細い。辺境ではなかなか見られない身体つきにすぐに王族だと分かる。
領民たちは跪き、オービスはただジッとホールの壁を見つめる。ワンピース姿のオービスを視界に捉えた第三王子スキウルス・ゴーフィスは、服装に似合わないガチムチな身体つきに目を丸くした。
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