見えてる?ボクだよ!
リリュエルが現れてから、いく日かが過ぎた午後。
春を思わせるやわらかな光が、セレストの私室の窓辺を照らしていた。
窓辺から差す陽光がやわらかく床を染める。
リリュエルはイエレナの肩にちょこんと腰掛け、金色の瞳をきらきら輝かせていた。
小さな羽が光を反射し、部屋の空気が少しだけ明るくなったように感じられる。
「ねぇセスの魔力でなんとかならない? ボクもギウンやアウルとお話したい!」
「えぇ……」
突然の提案に、イエレナは困惑したように眉を下げる。
隣でセレストは椅子に腰かけ、視線を落としたまま少しだけ考え込むように目を細めた。
「……認識を広げるってことは、精霊と人との境界に干渉することになる。リスクが高いと思うよ」
セレストの声は静かだったが、その奥には慎重な響きがあった。
彼の指先が机をとんとんと叩くたび、空気がかすかに震える。
「でも、セスならできるでしょ?」
リリュエルはにこっと笑って、まるでそれが当たり前のことのように言う。
その金色の瞳に宿る信頼に、セレストは小さく息を吐き、口元をわずかに緩めた。
「……問題は、君自身の力が僕の魔力に“共鳴”してくれるかどうか、だね」
リリュエルは胸を張り、羽をぱたぱたと揺らす。
「できるよ!!ボク、イェナと繋がってるんだもん。セスとも繋がれるよ!」
「ま、待って……そんな簡単に……」
イエレナが慌てて声をあげたが、セレストは小さく笑い、
その瞳に一瞬だけ、研究者のような好奇心と優しさを混ぜた光を宿す。
「……そこまで言うなら、試してみようか。」
低く響く声とともに、室内の空気がすっと引き締まった。
外の風音すら遠ざかり、空間そのものが静寂に包まれていく。
リリュエルはぱたぱたと羽を揺らし、金色の瞳をきらきらと輝かせながら大きく頷く。
イエレナはその小さな肩を見つめ、胸の前でそっと両手を組んだ。
「だ、大丈夫なの……? リリュエルがもし……」
「大丈夫だよ。無理なことはしないから」
セレストは安心させるようにイエレナへ視線を向ける。
そのまなざしは穏やかで、どこまでも信頼を込めていた。
そして、すぐに表情を引き締める。
瑠璃の瞳が深く光を宿し、
指先から透明な糸のような魔力が静かに広がっていった。
空気がわずかに波打ち、淡い術式の紋が光の輪となって浮かび上がる。
ゆっくりと回転する魔法陣が、淡い光の花を咲かせるように部屋を照らした。
その中心で、リリュエルの小さな身体を包み込むように、金の粉がふわりと舞い上がる。
「わぁ……あったかい……」
リリュエルが思わず瞳を細める。
光は春の陽だまりのように柔らかく、
セレストの魔力と精霊の力が重なり合うたび、
世界の境界がほんの少しだけ、優しく溶けていくのが見えた。
イエレナは胸の奥に不思議な鼓動を感じていた。
怖いのに、美しくて、どこか懐かしい――
まるで、自分の中の“祝福”が静かに共鳴しているようだった。
「セスの魔力、やっぱり優しいね。ボク、いけるよ!」
リリュエルが嬉しそうに羽を震わせたその瞬間――
ぱん、と光が弾けるように広がり、部屋全体が金のきらめきに包まれた。
金の粒子は空気に溶け、やがて静かに消えていく。
その残光の中、三人の心臓が、同じリズムで鼓動していた。
◇ ◇ ◇
「これで……見えるかな?!」
リリュエルはぱあっと表情を輝かせ、
きらきらと室内を飛び回った。
風の軌跡が軽く揺れ、金色の粉のような光がふわっと散る。
「よーしっ! ちょっと行ってくる!」
勢いよく扉の方へ向かったその瞬間――
――コン、コン。
ノックとともに扉が開き、ギウンとアウルが入ってきた。
「セレスト様――……っ!」
「……っ?!」
二人は同時に動きを固めた。
視線の先、部屋の中央でふわふわ浮いている小さな存在。
掌ほどの大きさで、
透きとおる羽をぱたつかせ、
金の瞳を好奇心に満ちた色で輝かせている。
光を受けた羽は薄い膜のようで、
まるで朝露が光に砕けたみたいにきらめいた。
ギウンの口が、ひくりと引きつる。
「……な、なんだ……あの生き物……」
突然の光景に、騎士としての反射で手が武器の位置へと伸びる。
一方のアウルは、目を細めて警戒しつつも、
わずかに動揺がにじんでいた。
「……魔獣……ではなさそうですが……」
「いや、でも……この気配……人でも魔獣でもねぇ……」
ギウンの声は低く唸り、警戒心が空気を鋭く張りつめさせる。
そんな重々しい雰囲気をまったく気にせず――
「グッドタイミング!……えっほんとに見えてる?ね、見えてる?!」
リリュエルが勢いそのままに二人の眼前へ飛び出した。
ぱた、と羽根が揺れるたびに、
空気中に細かな光が散り、室内が柔らかく照らされる。
ギウンとアウルは同時に固まった。
本当に“時間が止まった”と錯覚するほどの静止。
ギウンは口を半開きにし、
アウルは目を見開きながらも無理やり冷静を保とうとしているが、
瞳の奥には――どう見ても混乱と驚愕。
イエレナはその反応があまりにも“らしくて”
思わず頬をゆるめた。
――ようやく、この二人にもリリュエルが“世界として触れた”のだ。
リリュエルは二人の表情を見て、ぱっと花が咲くように笑った。
「……なんか、反応ある! 見えてるっぽい!!!」
くるん、と弧を描いて飛び回り、
ぱたぱたと小さな手を振る。
「今日からよろしくね〜! ギウン、アウル!」
名を呼ばれた瞬間、
ギウンは驚きで目を丸くした。
「……お、おい。なんで俺たちの名前を……!」
「イェナが、いつも呼んでるの聞いてたもん!」
リリュエルは自慢げに胸を張ってみせる。
アウルは信じられないものを見る目で、眉を寄せながら口を開いた。
「……姫様の、使い魔とかでしょうか……?」
「使い魔じゃないよっ!!精霊なの!!イェナとは友達なの!!」
リリュエルはむっと頬を膨らませ、
次の瞬間ぐいっとアウルの顔のすぐ目の前へ飛び込んだ。
あまりの至近距離に、普段冷静なアウルがわずかに後退る。
「……っ……!」
「ほらほら! ボク、悪い子じゃないよ!」
「……最近、姫さんの独り言が増えたと思ったら……
まさか本当に相手がいたとはな……害はないのか?」
困惑、諦め、わずかな安堵――
複雑な感情が入り混じった声音だった。
「……想定外、ではありますが……害はないのなら……」
しぶしぶ受け入れたような言い方なのに、
視線はどこか優しく、リリュエルの動きにしっかりついていく。
イエレナはその二人のやりとりに、そっと微笑んだ。
「リリュエルは……私の大事なお友達だよ。
仲良くしてくれると嬉しいな」
その一言が落ちた瞬間――
リリュエルの金色の瞳がぱあっと輝いた。
「イェナぁぁ~~っ♡ねっ、言ったでしょう!!」
羽根をぱたぱたさせて歓喜を示すリリュエルは、
まるで春色の光そのものが弾んでいるようだった。
ギウンもアウルもまだ驚きの中にいたが、
その無邪気な笑顔と金色の光に満ちた存在を前に、
徐々に肩の力が抜けていく。
やがてアウルが静かに息を吐き、結論を口にした。
「……これから、騒がしくなるのは理解できました。」
「ひどいなぁ!ボク、役にも立つんだから!」
ぷくっと頬をふくらませて抗議するリリュエルの声は、
鈴が跳ねたように軽やかで、
張りつめていた空気を一瞬でふわりと和らげた。
セレストがこらえきれずに肩を震わせ、
イエレナの唇にも自然と小さな笑みが浮かぶ。
――ほんの数分前まで緊張の糸が張りつめていた部屋が、
いつの間にか柔らかな陽だまりに包まれたように温かい。
舞い上がった金色の粒子がほのかに漂い、
まるでこの部屋自体が息を吹き返したようにきらめいている。
「……成功みたいだね。これなら、彼の意志で姿を現すことも、隠すこともできるはずだよ」
セレストの穏やかな声に、
イエレナは胸の奥がほどけるような安堵を覚え、
そっと両手でリリュエルを包み込んだ。
小さな身体は羽音と共に淡い温もりを宿し、
光が掌からこぼれていく。
その光は――
春の花がほころぶ瞬間のように、優しく柔らかかった。
「良かったね、リリュエル」
イエレナの声は、深いところからこぼれるあたたかさを帯びていた。
リリュエルはその声に小さく「へへっ」と笑い、
イエレナの頬に身体をすり寄せてぱたぱたと羽を震わせる。
それは“ありがとう”を全身で伝えるような、
無邪気で心を溶かす動きだった。
「これでボクも正式メンバー!ね、セス!」
胸を張る小さな精霊を見て、
セレストはふっと息をゆるめた。
口元の笑みは控えめなのに、
その目元にはこぼれそうなほど柔らかい光が宿っていた。
「――まぁ、にぎやかになるのは間違いないね」
その言葉に、ギウンとアウルが顔を見合わせ、
同じタイミングで深いため息を吐く。
だがその横顔には、
呆れの奥に“安心”という名の陰影がしっかり宿っていた。
リリュエルの笑い声が、
春の風鈴のように澄んだ音を響かせる。
イエレナの唇にも、自然と柔らかな弧が描かれた。
黄金の光がふわりと舞い上がり、
まるで新しい季節の訪れを告げるかのように部屋を照らす。
こうしてリリュエルは、
皆に“姿を見せられる”存在となった。
それは――
静かな暮らしに訪れた、
小さな嵐と、かけがえのない“光”の始まり。
窓の外で風が木々を揺らす。
そのさざめきはまるで、
世界そのものが彼らの未来を祝福して笑っているようだった。
(了)
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