第19話
尋問とは名ばかりの拷問がアクマリーゼを襲いました。
彼女は
酷い拷問です。ですがアクマリーゼの瞳はまだ死んでいません。
「ハァ、ハァ……わたくしの壊れる音、美しいわ」
「ふん、どうだ自白する気になったか?」
「ウフフ、まさか」
と強きに返しますが、実際はもう限界です。
ヤリスギーは殺すつもりでしょうか、実際死んでも構わないとさえ考えていそうですね。
さすがにヤリスギーも疲れたのか、拷問は終わりました。
彼は緑色の液体の入った透明なガラスの瓶の蓋を取ります。
そしてアクマリーゼに向かって液体をまぶします。
するとどうでしょう、アクマリーゼの身体から煙を放ちながら、その怪我を治療していきます。
「ハァ、ハァ……ポーション、ですか」
治癒する効能のあるポーションを被ったアクマリーゼの傷は癒えますが、痛みや疲労感は消えません。
本来治癒のポーションは経口摂取が正しい使い方なのです。
ヤリスギーはあくまでもアクマリーゼに自白をさせるつもりのようですね。
「簡単に死なれてはつまらん、お前は英雄として死ぬのではない、罪人として死ぬのだ」
「ウ、フフ……それも、魅力的……っ」
アクマリーゼは気絶してしまいます。
最後までアクマリーゼは我を貫きますが、これはまだ最初の拷問に過ぎないのでしょう。
果たしてアクマリーゼはいつまで耐えられるのでしょうか、彼女が苦痛に耐えられず罪の自白をするのが早いのか、拷問で死ぬのが早いのか。
ただ悪党だけが笑っている、そう悪党が。
再びアクマリーゼが意識を取り戻した時には独房に戻されていました。
服装は、気がつけば囚人服でしょうか、前の服は拷問でボロボロになったので、捨てられたのでしょう。
彼女は自身が気づかぬ内に、着替えさせられたことに、唇を噛みます。
「使用人以外がわたくしに触れるなど……!」
初めての屈辱です。
なんでも出来るだけの天才だった彼女は、屈辱など浴びたこともありません。
むしろ感性が人とまるで違う彼女は、罵声を罵声と思わないこともありました。
そんな彼女でも羞恥心はあるのでしょう、裸を見られたと思うと、彼女は苛立ちます。
こういうところで、恐怖で怖気ないのは、アクマリーゼだからでしょうね。
「アクマリーゼ様、面会が希望されています」
ふと鉄格子の方を見ると、職員男性が立っていました。
カインではない、彼女は脳の奥にあるデータから人物データを引っ張り出しました。
「アベルさんじゃないですか、騎士になったのでは?」
「自分はあまり騎士には向いてなかったようです」
「そう、でも人生って色々あるでしょう、と、ごめんなさいませ年下の分際で」
「いえ! アクマリーゼ様にはお世話にもなりました! だから謝らないでください」
「ウフフ、面会でしたわね」
よろよろとアクマリーゼは立ち上がります。
酷く倦怠感がある、ポーションで無理矢理治療されても、痛みや疲労は取り除かれていないからです。
まるで生まれたての子鹿です、それでも彼女は必死に鉄格子まで寄りかかりました。
「ハァ、ハァ……」
「アクマリーゼ様、肩を貸します」
「よしなに」
アクマリーゼはアベルに担がれると、ゆっくり歩き出します。
身体を寄せながら、アクマリーゼはアベルをよく観察すると、言いました。
「よく鍛えられていますね、貴方は身長もあるし、騎士向きと思ったんですけれど」
「ハハッ、身体だけは頑丈で」
「羨ましいですわ、わたくしこのざまですもの」
アベルを騎士として推薦したのは、アクマリーゼの戯れでした。
なんとなく、この子はイケると思ったのでしょう、コワイ家のご令嬢ともなれば、彼を騎士学校へ推薦入学させるなんて、朝飯前でした。
気に入らない相手には、徹底的に
このアベルもまた、アクマリーゼの支援にとても感謝していました。
「フフッ、わたくしが善意に助けられるとは」
「面会室はもうすぐです、監視付きですが」
「構いませんわ」
面会室の扉を開くと、透明なガラス越しに、アモンと三人の娘が待っています。
アクマリーゼが着席する前に、サフィーはガラスに張り付きました。
「あぁぁ、あああああ! アクマリーゼ様、今そちらに!」
「だーかーらー☆ 問題起こすなって言ってんでしょうがー!」
「ん」
実にいつもどおり三姉妹に、アクマリーゼもほっこり微笑みます。
「ごめんあそばせ、お父様」
「いや、良かったアクマリーゼ、無事なのだな」
「ウフフ、無事……そう、無事ね」
ゆっくり着席しますと、彼女は視線を逸しました。
果たしてアクマリーゼは無事と言えるのか、彼女はそれを自嘲します。
拷問され、辱められ、下手をすれば処女さえ失っているかも知れません。
気分は最悪です、それでもアクマリーゼは諦めの悪い女ですから。
「アクマリーゼ、お父さんが直ぐに出してやるからな?」
「ええ期待しておきます」
「ワシは無実だと信じておるからな!」
少しでも仲間がいること、自分が愛されていることは、彼女にとって救いとなります。
だからこそここにいる四人を愛そうと思えるのでしょう。
「ねぇアクマリーゼ様☆ アクマリーゼ様の罪状はなんなの?」
「平たく言えば国家転覆罪でしょうかね、カンチガイ王国と結託して、戦争を起こしたと思われているみたいですわ」
「馬鹿な! その為にどうしてアクマリーゼ様が命を賭けられましょう!」
「全くだ! アクマリーゼよ、そんな妄想は直ぐにでも真っ二つにしてくれる!」
「あぁ後は、教会の放火でしたね」
使用人の三人は即沈黙します。
あぁこれはやってる、彼女たちもアクマリーゼが放火したのは知っています。
でもあれはサフィーを侮辱し、辱めた教会にアクマリーゼが激怒したのです。
家族のことになれば人一倍過激になるアクマリーゼの怖い性分ですね。
「アッハッハ☆ となるとアクマリーゼ様、しばらく出てこれない▽▽▽?」
「申し訳ありませんが」
その瞬間、エメットのテレパシーがアクマリーゼに届きます。
《私達はどうすればいい、教えてアクマリーゼ様》
《ヤリスギー氏は拷問でわたくしの自白を狙っています》
《え!? 拷問?》
《クスッ、存外わたくしの壊れる音も美しいですわよ》
《アクマリーゼ様の感性は私理解できない! 直ぐ助ければいいのね!?》
《いいえ、ヤリスギーを追い込みます、貴方たちは他に裏がないか、探って》
アクマリーゼはこの事件をヤリスギー単独とは思っていません。
むしろ不思議なくらい、ヤリスギーにはどれくらい味方がいるのでしょう。
ダメダ家はコワイ家のライバルとして、対立してきました。
むしろ憎悪されていると言ってもいい、それをヤリスギーから感じ取りました。
「アクマリーゼ、とにかく今は辛抱してくれ、父さんが必ずなんとかするからな!」
「ええ、それと申し訳ないのですが、しばらく使用人を引き取ってもらえませんか?」
「ああ構わない! サフィー君たちは、ワシが守ってみせよう!」
「ん」
コンコンと、ルビアが窓を叩きます。
ルビアもなにか言いたいのでしょう。
彼女は小さく口を開きました。
「私、何女?」
「あらルビアが喋るなんて珍しい、て、何女?」
サフィーは思い出すと、懐から畳んであの書類を出しました。
それは養子縁組の証明書であります。
「これ、アクマリーゼ様が養子縁組の時の」
「あぁ、ウフフ、ようやく娘として自覚したの?」
「サフィーはその……まだ、心の勇気が」
「アハッ☆ まさかだよねー♡ 私も忘れていたしー△△△」
「ん、誰が長女、なの?」
ルビアにしては相当頑張ったでしょう。
極めて口下手なルビアが知りたかったのは、長女は誰かでした。
「サフィーが長女よ、でエメットが次女、ルビアが三女」
なんてことない、同じ日に奴隷商から買い取られた三人は初めて知った序列に悲喜交交です。
サフィーは顔を真っ赤にして、ルビアはガビーンとショックを受けています。
ルビアは少なくともサフィーよりは姉だと思っていたのでしょう。
現実は自分が末っ子だと驚きます。
「養子縁組……アクマリーゼいつのまに」
「戯れよ、わたくしが事故で亡くなったりしたら、お父様困るでしょう?」
アクマリーゼには兄弟がいません。
一人っ子なので、世継ぎを生む前に亡くなると、家が崩壊するのです。
血に拘りのないアクマリーゼですが、流石に公爵家の跡取り不在は洒落にならないと思っているのです。
「そんな物騒なこと言わんでくれ!」
「勿論万が一ですわ、ですからこの娘たちがコワイ家というのは秘密にしておいてください」
「アクマリーゼ様?」
サフィーは不思議そうに目を丸くします。
アクマリーゼには、常々不安はありました。
自分が死ねばコワイ家は崩壊する。
それを誰が喜ぶか、それは間違いなくダメダ家とシラネー家です。
だからこそアモンは一人娘は花のように愛で育てたのです。
もしもここでアクマリーゼが死ねば、コワイ家は詰んでしまう、だから秘密が必要と。
「サフィー、お父様の
「それはどういう?」
お父様も安全ではない、それをアクマリーゼはあえて言いませんでした。
ヤリスギーが黒幕かはわかりません、ですがアクマリーゼ暗殺の諸悪の根源の可能性は高いでしょう。
となればアモンも狙われる可能性は充分にある。
ヤリスギーはアクマリーゼ個人に拘っているようですが。
(疑問といえば、疑問ね。皇室へと娘を嫁がせたのはダメダ家よ、わたくしの何を恐れたのでしょう)
ただ、ヤリスギーは何をしでかすか分からない。
用心に越したことはないでしょう。
「面会時間終了です」
「ぬう! まだいいではないか!」
「駄目よ、お父様、それと三人共、お願いね」
三人は静かに頷きます。
果たして命運は、どこまでアクマリーゼは耐えられるのでしょうか。
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