第20話 みんなの聖女

(あー、頭痛い……)


 セシリアが朝起きると、あまりの痛みに自分の頭を押さえる。

 まるで誰かに殴られているかのような衝撃に、思わず顔を顰めた。


(でも、王都に行かないわけにもいかないし。ちょっと疲れが出てるだけだろうから、馬車の中で寝れば治るわよね)


 そんなことを思いながら、セシリアはとにかく王都に行かねばと重い身体に鞭を打ちながらのろのろと動き始める。

 昨日ライオットとギクシャクしたからといって、王都に行かないわけにはいかなかったからだ。


(大丈夫、大丈夫。これくらいどうにかなる)


 セシリアはそう自分に何度も言い聞かせると、痛みに顔を歪めながら支度を始めるのだった。



 ◇



「おはよう、クロード」

「おはよう、セシリア。って、どうしたんだ。いつになく顔色が悪いぞ。今日は王都に行くのをやめておいたほうがいいんじゃないか?」


 朝の結界点検を終えてクロードに挨拶し、王都行きの馬車に乗るために停留所まで行こうとすると、クロードに引き留められる。

 実際、セシリアの顔はいつになく血の気が引き真っ青で、誰が見ても体調不良なことは明らかだった。


「んー……大丈夫だよ。多分、ちょっと寝不足なだけ。馬車の中で寝てれば治るから」


 クロードに指摘されて、いつもなら「何でもないから大丈夫」と強気に言い返すセシリアだが、今朝は頭痛以外にも眩暈も立ちくらみもあったせいか、セシリア自身も体調不良は自覚していたのあまり強く言い返せなかった。


「働きすぎじゃないか? ここのところろくに休んでもいないだろう」

「んー……でも、午後はほぼ遊んでるみたいなもんだし」

「そうは言っても王子にあちこち連れ回されているんだろう?」

「うん、まぁ」


 ここ最近のセシリアは、ライオットに対し自分が聖女である意味を見出すためと聖女の有益性を示すために、結界修復、お守り作り、治癒を積極的に行っていたせいでオーバーワーク状態だった。


 色々とこなそうとすれば必然的に睡眠時間を削ることになり、最近の睡眠時間は専ら三時間。

 慢性的な寝不足のせいで日中もたびたび睡魔に襲われることはあったが、いざ寝るとなるとどうにも寝れず。その悪循環でここ最近ではまとまった睡眠がとれていない状態だった。


「馬車で寝るって言ったって……その顔色ではさすがに帰れって王子から戻されると思うぞ?」

「そんなことないわよ。王子は絶対に私の体調になんて気づかないもの」

「おい、待て。それは、どういう意味だ?」

「え? あ、ごめん、違う。今のはそういうんじゃなくて。その……王子は私の顔が好きなだけで、私の体調に関心がないというか、あー、いや、そうじゃなくて……なんて言うか……えっと……」


 うっかりライオットが自分に対して無関心だということをクロードに言ってしまい、焦るセシリア。

 今まではクロードに心配させまいとライオットと上手くいっていないことを言わないように気をつけていたのに、つい弾みでぽろっと漏らしてしまった。


 不穏な空気になるクロードに弁明しようとするも、睡眠不足のせいで頭が回らない。


 けれど、どうにか言い訳になるような言葉を見繕うとセシリアが頭を必死に回転させようとしたときだった。


「あ……っ」

「セシリア!?」


 無理に頭を使おうとしようとしたせいか、突然ふらっと意識が飛びかける。

 そのまま足の力が抜け、崩れ落ちそうになるのをクロードがすぐさま支えてくれた。


「大丈夫か、セシリア!」

「うん。ごめ、クロー……あり……」

「セシリア! おい、セシリア! しっかりしろ!!」


 顔を上げてクロードの名前を呼んだあと感謝をしようとするも言葉が出ず。

 力を入れようにもなぜだか意思とは反して身体中の力がどんどん抜けていって、気づけばセシリアの意識はなくなっていた。



 ◇



「ん……っ! はっ! まずい、王都に行くの遅れちゃう! って、うわぁ!?」

「落ち着けセシリア。ぶっ倒れたくせに、いきなり飛び起きるやつがあるか」

「クロード!? 何で……っ」


 目が覚めてすぐ、王都に行かねばとセシリアが慌ててベッドから飛び起きようとしてバランスを崩すのを、すかさず支えてくれるクロード。

 セシリアが我に返って落ち着いてから辺りを見回せば、外はすっかり暗くなっていた。


「え。何がどうなってるの?」

「覚えてないのか? 馬車に乗る前に倒れたんだよ。それで、俺がセシリアの家まで連れてきて今の今まで看病してたんだ」

「そうだったんだ。ごめん、クロード。どうもありがとう。ご迷惑をおかけしました」

「全くだ。ここまで抱えて連れてくるのは大変だったんだぞ」


 クロードに言われて、申し訳なくて恐縮する。

 辻馬車の停留所からこの自宅まで結構な距離があるので、意識のないセシリアを抱えて運んでくれたのは相当な重労働だったことは簡単に想像できた。


「う。ごめん。……って、王子は? てか、今何時?」

「もう夜の七時だよ」

「し、七時……!? やっば! 私すっぽかしちゃった!? 私が行かないってなったの、王都に連絡してくれた?」

「したよ。ちゃんと」

「さっすがクロード! 気が利く! ありがとー、助かる。……でも、なんか言われなかった?」

「大丈夫だ。気にするな」


 そう言ってぽんぽんと頭を撫でられる。

 優しいクロードに調子が狂うが、やっぱり好きな人にされたら嬉しいわけで。セシリアは何も言わずに大人しくされるがままになっていた。


「とにかく、ちゃんと寝てろ。王都には治り次第連絡すると伝えてあるから」

「ありがとう。色々と、その……クロードには迷惑かけっぱなしでごめんね」

「今更だろ? 昔から俺におんぶに抱っこだったやつが何を言ってるんだ」

「そ、れは……っ! そう、だけど……最近はちょっと頑張ってるって言うか……」

「それで頑張りすぎて倒れたら本末転倒だろ。人を治すはずの聖女がオーバーワークで倒れるとか……」

「おっしゃる通りです……返す言葉もございません……」


 クロードがあまりにも正論すぎて何も言い返せない。

 聖女がダウンしたなんて、医者の不養生。笑い種になるレベルの話だ。


「街の人もみんな心配していたぞ?」

「え」

「ほら。見舞い品をたくさん預かってきた。……セシリアはみんなの聖女なんだ。みんながお前を必要としてるんだから、周りに頼らないでがむしゃらに頑張りすぎるな。自分一人の身体じゃないんだから」


 クロードに指差された先を見れば、手紙に花、本やお菓子など様々なものがいっぱい置かれていた。


 それらを見て、自然と潤む瞳。


 自分はこんなにもみんなに心配をかけてしまったのかと思うと共に、これほどまでにみんなから愛されていたのかと実感する。


「……泣いてもいいぞ」

「そういうのは普通言わないでしょ」

「そういうものか。席外したほうがいいか?」

「いい。ここにいて」

「よからぬ噂が立ったら困るんじゃないか?」

「今更でしょ。それに、看病してくれてるクロードを悪く言う人なんてこの街にはいないわよ」

「それもそうだな」


 久々にこんなにもクロードと一緒にいられて、何気ない会話ができることが嬉しかった。

 自分の居場所はやっぱりちゃんとここにあるんだと今まで抱いていた消極的だった気持ちを払拭し、前向きになっていくのを自分でも感じる。


「早く元気になれよ」

「わかってる。せっかくだし、久々にクロードにいっぱい甘えよーっと」

「全く、現金なやつだな。ほどほどにしてくれよ」


 そう言ってお互い笑い合う。

 そしてセシリアは、今まで我慢し一人で頑張っていたぶん、クロードにたっぷりと甘やかされるのだった。

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