第4話 すっぽかしたいけど印象悪いし……と思ったら不幸中の幸い

 ええ? なんか攻撃されそうなんだけど!


 感じる魔力はそれほど強くない。属性は風――エルフの十八番だ。


 この陣はたしか、空気の大砲を撃つ魔法だったっけ? 避けたら建物や他の人に影響あるかもだし、ここは――


「【鋼身の業】」


 準備時間が少ないのも仙術の利点だよね。フレンさんの魔法もほとんどノータイムだけど、後から動いて先を越せるんだから。


 なんて、余裕綽々でフレンさんの攻撃を防ごうと思っていた、その時だった。


「……え。臭いが薄れて下から……この、香り……! ――まさか、ほんとうに!?」


「え。な、なんで急に……」


「ルウ、さん……っ! ほんとうに! ……あッ!」


「ま、魔法が!」


 もはや敵意は欠片もなかったんだけど。


 発動直前の魔法をキャンセルするのって、すごい繊細な技術がいる。いまのフレンさんみたいに大きく動揺した時、キャンセルに失敗して暴発すると非常に危ない。


 そして、いま俺の目の前でそれが起きようとしていた。


 瞬時に状況を悟り、目をぎゅっとつむって腕で身体を守るフレンさん。


 でも。


「動かないでください――」


 俺はカウンターを飛び越え、わずかな時間でフレンさんのもとへ。


 そうして、魔力が集まりいまにも爆発しそうな魔法陣に向かって――――勢いよく、拳を突き入れた。


 パァンと、空気が破裂するような音。


 驚いたらしいフレンさんが目を開くと――


「――私の魔法が……!?」

 

 ふふふ、驚いている。他人が発動してる魔法って、基本的に干渉できないからね。


 でも、仙術ならそれができる。


 気や丹は自然に近しいエネルギーだから、理を歪める力である魔力と相反する。それを利用すれば、発動直前の魔法陣を霧散させることなんて容易いんだ。


 これ、魔法に詳しい人が見たら結構すごいことなんだよ。


「――お、おい。いまの動き見えたか?」


「いや、まったく……。というかアイツ、あのフレンを一瞬で?」


「きゃールドルフさん! すっごおい!」


 ……うん。周囲の冒険者や受付嬢は、俺がやったことをあんまり理解してないみたいだった。気と魔力の対消滅……地味だもんね。


 でも! きっとフレンさんならこの技術の妙を……って、ん?


「――ッは、ッは……。わ、私、また……! ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「ふ、フレンさん? いったい、どうしたん――」


「私また、間違えてしまって……ッ! ルウさんを危険な目にまで! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


「だ、大丈夫です! 見間違えることなんてよくありますし、さっきの魔法だって怪我一つしてませんし……」


 ダメだ、フレンさん聞こえてないみたい……。目から光が消えて、俺に縋りついてくる。


 呼吸が浅く早くなって、顔は真っ青だ。どうも様子がおかしいと周りもざわついてるけど、フレンさんは目の端に涙まで溜めて謝り続けてる。


 これは、さすがに……。


「フレンさん、すみません。ちょっと失礼、します……っ」


「――!」


 よい、しょと。うわっ、フレンさん軽い。ちゃんとご飯食べてる?


「な、なにを……っ?」


「あれ、急に……って、すみません。あそこじゃフレンさんも注目を浴びちゃいますし、個室にでもと」


「こ、個室っ!?」


 あれ……。俺の話ぜんぜん聞いてくれないから、気が引けるけど無理やり抱き上げたのに。


 なんか普通に意思疎通取れてるなら、下ろした方がいいよね?


「あ、あ!? いえ、いいです、このままで!」


「えっ?」


「このまま! あの、このまま運んで貰えればと……!」


「あ、そうですか? なら……?」


 うわ、受付嬢さんたちにメチャクチャ生暖かい視線を向けられてる。すみません、通ります……。


 というか、俺一回フレンさんに振られてるし、下手したら怒られるかと思ったのに。この反応、意外と感触悪くない?


 ――ッいやいや、ダメだって。五年前も、勝手に俺がいい感じだと勘違いした結果振られちゃったんだから。


 男女関係において、自分の感覚は信じられない。


 ということで、またさっきの応接室に戻って、早々にフレンさんを下ろす。


「あ……」


 な、なんでそんな名残惜しそうな声と表情……。っいやいや、だから自分の感覚は信じちゃダメだ。


 いまのもきっと、最近ソロで活動してたらしいフレンさんが、人肌に飢えてただけとかそういうことのはず。


 気にしない気にしない。


「それで、フレンさん。落ち着きましたか?」


「……はい、本当にすみません。取り乱してしまって」


 しゅんと項垂れ、金沙の髪がさらさらと流れる。


 髪の隙間から見える顔は、長命種のエルフなだけあって五年前とぜんぜん変わらない。相変わらずとんでもない美人さんだ。


 ……でも。


 なんだろう。こうやって改めて二人で向かい合うと。


 ――めちゃくちゃ気まずい……。


「……あの。お久しぶりです、フレンさん。さっきはきちんと挨拶できてなかったので」


「そう、ですね。久しぶり、ですね……」


 ちらっとこっちを見て、またすぐ顔をうつむけるフレンさん。


 俺だってうつむきたいよ。最後の会話、告白して振られた場面だからね。


「えっと。落ち着いたならここ……出ましょうか? フレンさんも私なんかと二人っきりだと――」


「――い、いえ! ふたり……たい、です……」


「え? すみません、いまなんと……」


「その、二人で! お話しが……したいです……!」


 うつむいたまま、ぷるぷると小さく震えながら目つむってる。顔も赤い。


 か、かわいい……。一度告白を断られてなかったら勘違いしてたとこだ。


 たぶん元同僚……旧友として、久しぶりに話がしたいということかな。だったら――。


「この部屋は一時的に借りただけですし、旧交を温めるならまた別の場所で……そうですね。この辺りに昔からあるカフェ、そこで少し話しませんか?」


「――! は、はい、ぜひ!」


 おお、食いつきが凄い。フレンさんけっこう生真面目で、友だちもあまりいなかったから……俺みたいな知り合いでも、久しぶりに会えたら嬉しいのかな。


 さっきもロビーでもすごい情緒不安定になっていたし、その辺りも店に行ったら聞いてみよう。


「じゃあ、行きましょうか」


「……はい!」


 元気がいい。フレンさんこんなだったっけ……?


 まあいいか、詳しい話はあとで。


 俺たちは応接室を出て、またロビーに戻って支部の外にでようとしたんだけど。


 その時。


「あれっ、フレンさん! どこに行くんですか!? 依頼の報告に来たんじゃ――」


「あ……そうでした。すみませんルウさん、少しだけお待ちください。すぐに……ほんとうにすぐ! 話をつけてきますので」


「そ、そんなに気合を入れなくても大丈夫ですよ。私は今日、他に予定ないですし。ゆっくりで――」


 あ、行っちゃった。べつに焦って用事を早く済ませなくてもいいんだけど……。まあ、大人しく待とうか。


 ……む。フレンさん、なにやら揉めている? えらい剣幕で何か言っているけど大丈夫かな。


 ……。あ、帰ってきた。


「す、すみません……。いまから、未完了の依頼を片づけないといけなくなりました……」


 すごい泣きそうな顔だ。そ、そんなにカフェ行きたかった? 俺は嬉しいけど、べつにカフェくらい明日でも明後日でも喜んでついていくのに。


 ……あ、そうだ。そんなに旧交を温める機会を逃したくないって言うなら。いい、考えがある。


 思いついた俺は、すぐに口を開いて言った。


「――フレンさん。良ければその依頼……私もついていっていいですか?」


 目を真ん丸にしたフレンさんが、思考がついてこない感じで微かに首を傾げている。


 ちょっととぼけたエルフ美人……かわいい。




―――

一見平和に見えますが……。

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