第3話 彼の魂は清らかで……純潔が守られているはず

 それなりに活気のある、それなりに栄えた街。


 地面は石畳で舗装されているし、大通りには各ギルドの支部だって立ち並んでいる。


 そして当然、その中には俺の目的地もあった。


 ――冒険者ギルド、テシナ支部。俺の元職場。


「変わってない、ぜんぜん……」


 定期的に手入れもされてるだろうから、五年経っても見た目じゃほとんど分からない。でも、さすがに出入りしてる冒険者の顔はけっこう分からなくなって……あ。


「――あ……? お前……。は? ルドルフ、か?」


 うわこの人も変わらない! 相変わらず顔こわ……。


 もうちょっと心の準備してからって思ってたのに。


 でも、もう見つかったものはしょうがない。まずは挨拶、そして謝罪を……!


「ご、ご無沙汰しております。ケイル支部長、その――」


「お前、このッ。……ッ入れ!」


 うわ! 首根っこひっつかまれた。


「おら、どけお前ら! 見世物じゃねえぞ!」


 うわ、めっちゃ注目浴びてるよ……。あー、やっぱりたまに見覚えある冒険者もいる。とりあえず愛想笑いしとこう。


「おら、もっとしゃきっと歩け。引っ張ってる俺が疲れるだろうが!」


「あっと、すみません支部長」


 相変わらず、細身の身体に見合わない怪力だ。見た目だけならちょっと厳ついナイスミドルなんだけど、喋ったらチンピラくさいのは相変わらず。


 なんてことを思っていると。俺たちはギルド職員が詰めるカウンターの後ろへと入り、そのまま奥へと連れてかれる。


 そうして、ぎょっとした顔で俺を見る職員に頭を下げながら引っ張られて行った先は――。


「応接室。……ここも変わらないですね。それに、支部長も。変わらずお元気そうで安心しました」


「てめえはずいぶん変わったようだがな。……座れ」


「すみません、では失礼して」


 向かい合い座ってすぐ、支部長はマフィアの頭脳担当みたいな顔で言った。


「で? ルドルフお前――なにか言い訳はあるか?」


 ですよね! そりゃ怒るよね、五年間無断で消えてた職員がのこのこ帰ってきたら。支部長には個人的なお願いも残してたし。


 俺を睨む目に怒りの炎が燃えて、いまにも殴りかかってきそうだ。


 ――よし。ここはまず、土下座から!


 そう誠意を見せようと思った、その時だった。


「……いや、いい。すまん。やっぱりなにも言わなくていい。……俺たちがお前に負担をかけすぎてたことは分かってる」


「え?」


「フレンのことはあくまできっかけだっただけで。仕事のことも、家族のことも、お前が手一杯だったことは分かってた。……分かってて、優秀なお前に甘えてた俺たちが悪かったんだ」


 し、支部長? なんで立ちあがって……。


「お前には叩き込んだな。落ち度があったなら、ちゃんと誠意を見せて謝れって。俺がその教えに反するのは道理が合わねえ。――本当に悪かった、ルドルフ。愚かな俺を許してくれ」


「ちょ、ちょっと支部長! どうしたんですかいったい? 頭を上げてください!」


「いいや、これはケジメだ! 一人の男として、これだけはやらせてくれ!」


「悪いのは私ですから! やめてください支部長!」


「よせ、止めないでくれ! 分かってんだ俺は、お前がフレンに――女に振られたくらいで逃げ出すやつじゃないって……! 俺がもうすこしお前をフォローできていればッ……!」


 ちょ、も、支部長……。やめてっ。恥ずかしいから、フレンさんのことは言わないでほしいッ……!


 というか、さっきから聞き間違いかと思ってたけどそうじゃなかった。


 ――支部長、フレンさんとのこと……俺の恋愛事情知ってるんだけど……!


「大丈夫だ、ちゃんと周りにも釈明はしておいた! お前が振られたショックで仕事ほっぽり出したわけじゃないと、ここの職員にも、お前の妹――カノンちゃんにもちゃんと言ってある!」


「イヤアアア、や、やめてください支部長! それはいったいどんな拷問ですか……!?」


 周囲に……カノンにまで言っただって? ただでさえ家に帰るの気まずくて後回しにしたのに、いっそう帰りづらくなったよ!


 ええ、もう早速帰ってきたことを後悔してしまってる……。支部長は頭上げないし、カノンにもいろいろ釈明がいりそうだし。


 ああっ。支部長の声につられて、他の職員まで……。もうめちゃくちゃだよ――




 と、そんな一幕があって、小一時間後。


 応接室を出た俺は、ひとまず今日いきなりの職場復帰は無理ということで。ロビーで暇している数人の受付嬢と言葉を交わしていた。


「――でも帰ってきてくれて良かったです、ルドルフさん。ルドルフさんの代わりが務まる人ってなかなかいなくって」


「ご迷惑おかけしてしまって申し訳ないです。とりあえず、次いなくなるときにはきちんと引継ぎまで済ませておくようにしますから」


「え~、そもそもいなくならないでくださいよ~。失恋の痛みだってさすがにもう癒えたんじゃないですか?」


「うっ……。か、勘弁してください、その話は……」


「恋人ほしかったら、私たちいつでも立候補しますからっ」


 冗談めかしてきゃーっと黄色い声を上げる受付嬢さんたち。俺と面識ある子もそうでない子も、不義理をした俺を受け入れてくれそうでよかった。


 ……しかし支部長め。ぜんぜん説明がきいてないじゃないか。みんなの中で俺はフレンさんに振られて逃げた男になってるよ。


 間違いじゃないから、甘んじてこの恥を受け入れるしかないんだけど……。


 まあ、それはいったん置いておいて。いま俺がこの子たちに聞きたいのは――


「――それで、その。例の彼女――フレンさんは。いまどちらにいらっしゃるんでしょうか……?」


 恐る恐るそう聞いたところ。


 次の瞬間――数人の受付嬢が、目を丸くして言った。


「――フレンさんなら、とっくに受付嬢をやめてますよ?」


「えっ。では、彼女はいまいったいどこに……」


「今日どこにいるかは知らないですけど。普段は冒険者として、ソロで活動してるみたいです」


「ぼ、冒険者?」


 あのフレンさんが? 誇り高く真面目で、それがゆえに粗雑な者の多い冒険者を苦手そうにしていた彼女が?


 ここにいないというのはちょっとほっとしたけど、それとは別にすごく気になる。あのフレンさんが冒険者になった理由と、いまどこにいるのか。


「なんでも、ルドルフさんのことを探しているってのは聞いたことがあります。ここにもしばしば機嫌悪そうな顔でやってきますよ」


 「理由は分からないですけど」と。彼女は続けてそう言った。


 ふうむ……いったい何の用なんだろう。まさか、告白という不快なことをした落とし前をつけさせるため……?


 いや、それこそまさかだよね。あの真面目なフレンさんが、わざわざそんなことするとは思えないし。


 でも俺を探しているというなら、次に来たときはさすがに俺が対応しなきゃだ。ああ、気まずい……。


 そんな風に。気は重いけれど、きっと大した理由じゃないだろと、そう願望交じりに高をくくっていたんだけど。


 ――フレンさんとの再会は、想像していたよりずっと早くに訪れた。


 ふと気づけば、静まり返っている支部内。


 気になって周囲を見渡すと、入口からカウンターへと向かってくる人影が。


 冒険者たちが小声でささやく彼女は、背中まで真っすぐ伸びる金髪をたなびかせ、周囲全てを拒絶するように歩いてくる。


 ――そして、髪から突き出た彼女の耳は、真っ白で先が尖っていて。


「……フレン、さん」


 そう呟いた直後だった。俺と同じくカウンターの内側にいる受付嬢は、歩いてくるフレンさんに向かって言った。


「フレンさん! ほら、ずっとあなたが探していたルドルフさん! 帰ってきましたよ!」


「――え……ルウさん!?」


 おお、すごい早さで俺に視線を……って、あれ? 一瞬輝いてた目が、みるみる濁っていって……。


「ッ……。どういう、つもりですか」


 うわっ。フレンさんからとんでもなく鋭い視線が。なんで!?


「私の、ルウさんの、魂は……。こんなに穢れてなどいません――! これほど、女クサいわけが……!」


「え……?」


「姿だけ似せようと無駄……。我々エルフは、魂で人を見るッ。――不愉快です、そこの男。まさかルウさんを騙るとは……その罪の重さ、理解できているか……?」


 それだけ言うと、フレンさんは俺に仄暗い視線を向け、片手を上げた。


 ――その先に魔法陣が浮かび、魔力が集まって……。



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