第一話 帰ってよ、頼む


「ねぇねぇ、なんか面白いお話してよ」



レジ前に立つのは、ビジュアル系バンドの“かわいい担当”みたいな男。

桐島 千尋。


中性的な顔、やたら長いまつ毛。

つむじから白黒に分かれた髪はライトを反射してツヤツヤ。

――正直、めちゃくちゃ美人だ。


「お客様、」


「お客様じゃなくて千尋って呼んで?」


上目遣いでキュルキュル見つめてくる。

……うわ、こっち見んな。


「ここはお客様対応の場です。その絡み方は困ります。森へ帰れ。そして母ちゃんの乳でもしゃぶって寝ろ」


一瞬、千尋の表情が止まる。

ちっちゃく「ふん」と鼻を鳴らすけど、目は笑ってる。なんだこいつ、ムカつく。


「いつにもまして口悪っ! 接客なら愛想は大事にしなよ。一応女なんだし。そんなに怒ってるとストレスでハゲるよ、お・ま・せ・さ・ん♡」


ぱちんとウィンク。効果音つき。


「ホスト気取りかよ」


「え!?まじ!? ホストに見えるほど俺がかっこいいって……コト!? ホスト始めちゃう!? でもごめん、俺初めての担当は美人がいいんだ。君の気持ちには答えられない!」


ディスりを聞き流しながら、私はホットスナック棚から肉まんを一つ。

それを千尋に投げつける。


「お前の言いたいことはわかった。それ奢ってやるから今日は帰れ。お前のせいで客がこねぇ」


「まじ!?ラッキー!!! じゃあ帰るわ!! 次も肉まんよろしくな!」


「おう、二度と来んな」


肉まん一つで帰ってくれるなら安いもんだ。

私の給料から引かれるけどな。


ようやく仕事ができる。モップを手にしようとしたとき――


「先輩がまたあいつと話してたので、俺がやっておきましたよ。いつも大変そうですね」


……ん?

店内清掃、補充、発注まで終わってる。

ふーん、やるやん斎藤。


「先輩、斎藤じゃないです。佐藤です」


名前訂正を右から左に聞き流しながら、接客続行。

よーし午後も頑張るぞ。あ、今のお客さん頭頂部が更地だ。ウケる。


「ねぇ伊藤。今からドラマみたいな強盗来たらどうする? 私は須藤を囮に逃げる」


「佐藤です。そうですね、自分だったら――何回訂正しても名前を覚えてくれない先輩を盾にして逃げます。先輩、アディオス」


くだらない話も弾む午後。

客足も落ち着いて、店内はゆるい空気。


そんなとき――チリン、と入店音。


「強盗だ!!! 金を出せ!!!!」


……本当に来た。え、マジで来るもんなの?

やば。


後輩は宣言どおり、すっとバックヤードに消えた。

あいつ、乙女置いて逃げやがったな。


「聞いて驚け! 見て震えろ!! 我らは――そう!! はちみつパンケーキだ!!」


「ん?」


店内が凍る。客も悲鳴を忘れて目を見開いてる。

無理もない。だって――


「強盗」が名乗ったのが、“はちみつパンケーキ”だから。


「……えっと、すみません。もう一回聞いてもいいっすか?」


「え?まぁいいよ。もう一回だけね」


やけに物分かりのいい強盗(仮)が喉を鳴らして――


「我らは、はちみつパンケーキだ!!!」


「名前が可愛いな!!もう!!」


間違いじゃなかった。


「我ら“はちみつパンケーキ”は世界を支配し、はちみつパンケーキ漬けにすることが目標だ!!」


「発想が保育園児の夢」


「人類にとっての愛はなんだ!! そう! はちみつのことだ!」


「ちがうな」


「とろーり、甘くて美味しいはちみつ!」


「CMかな?」


「パンケーキにかけるのがおすすめだぞ!」


「これ何の話?」


もうダメだ。ツッコミが追いつかない。案件か?


……てか江藤のやつがいれば退避できたのに。

今この場、私とこいつらだけ。終わった。


「貴様! さっきからやかましいぞ!!」


案の定、目をつけられた。

四方からにじり寄る“はちみつパンケーキ”。


「早くこのカバンに金を入れろ!! さもなくばこの改造銃に詰めた“はちみつ弾”が貴様の顔面に飛ぶぞ!!」


……髪、べたべたになりそう。やめて。


一瞬、“僕アルバイトォォ!!”で逃げるルートも考えた。

でも無理。声も出ないし、運動もできない。

レジの上なんか乗れっこない。


できることといえば――

このアッツアツのホットスナックを投げつけることぐらいだ。もったいない。


頼むぞ瑠藤。早くサツ呼んでくれ。

今の私にできるのは、祈ることだけなんだからな。

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