第10話 難題
女子大にもどると、今度は大聖女様に呼び出された。フローラさん、レイコさん、さらには護衛の騎士の方がついている。ものものしいが、私も祖国ではそれなりに警護されてきたしこちらでもこのような光景はもうすっかり見慣れてしまった。
「オクタヴィア殿下、たくさんのお土産、ありがとうございます」
「いえ、日頃からお世話になっておりますから、ささやかなお礼です」
「ささやかだなんて、すでに少し食べさせていただきましたが、またヴァルトラントにお邪魔したくなりました。陛下はお元気でいらっしゃいましたか」
「はい、おかげさまで」
「で、今回のご帰省、どうでした?」
私は思わず笑いそうになった。いつものことだがこの方は飾った言葉は語らない。フローラさんはあきれたように上を向いている。私自身は宮廷生活で虚飾にまみれた言葉の応酬に慣れきっていたからかえって新鮮である。それに大聖女様はヴァルトラントの味方になってもらわなければならない。したがって私も率直に話をすることにする。
「はい、大聖女様。今後のノルトラントとヴァルトラントの友好関係のため、私にヴァルトラントの状況を伝えられました」
「そうですか、それはご苦労でしたね」
「正直なところ、我が国はそう長くは持ちません。というのは……」
私は記憶を頼りにヴァルトラントの昨年の経済情勢、税収、貿易収支などを数字をあげて説明を始めた。大聖女様はメモをとりながら話を聞いていたが、途中でフローラさんが遮った。
「オクタヴィア殿下、ちょっと」
「はい」
「そんな生々しい話し、言っちゃっていいんですか?」
私の話が衝撃的だったのだろう、いつも冷静なフローラさんの口調が乱れている。
「もちろんです。ヴァルトラント国王は、次期国王としてステファン殿下を望んでおります。正確な情勢をお伝えしておかないと、お迎えしてから困ったことになりますから」
「それはそうですけれど」
「とにかくお伝えします、それで……」
私は経済情勢に加え、宮廷における勢力についても知っていることはすべて話した。そして話し終わったあと、大聖女様は「レイコちゃん」と言った。そしてレイコさんは私のちかくに来て、
「失礼します」
と言って私の手を取った。
私は直感的に悟った。このレイコと言う人物の前で嘘はつけない。何故かはわからないが、とにかく嘘やごまかしがきかないことは理解した。
レイコさんが大聖女様にうなずくと、大聖女様は私に言った。
「この話の窓口は、当面はオクタヴィア殿下、あなたでいいのかしら」
「はい、現在表向きの国交は従来通り大使であるマクシミリアンとなりますが、実質的には私となります」
「マクシミリアン様はこの件、ご存知なのかしら」
「父によると、まだ知らせていないそうです。次の休みにでも私から伝える予定です。彼は私の帰省自体は知っているはずですから」
「そうですね、ただオクタヴィア殿下、このお話はノルトラントにとってはとっても良いお話だと思います。ただ私としては、ステファンの妻としてヴァルトラントに行く気にはとてもなれません。もちろんヴァルトラントの国民、国土が嫌いだというわけではありません。ただ私にはご承知の通り、聖女としての仕事以外に女子大の仕事があるのです。さらに聖騎士団の団長も兼ねておりますから」
「失礼ですが大聖女様、騎士団の団長の職は、どなたかにお譲りになることはできないのでしょうか」
「その、大聖女様というの、やめていただけないかしら」
「いえ、父からそうお呼びするよう厳命されていますから」
「そうかも知れませんが、その呼称を受け入れてしまうと、私がヴァルトラントの聖女を兼ねることを認めたことになってしまいます」
「それはヴァルトラントにとって、願ってもいないことです」
「まあともかく、聖騎士団の任務が私とともに聖なる務めを果たすことになっているの。私を受け入れるということは、ヴァルトラントがノルトラントの軍事力を受け入れることになってしまうのよ」
「ステファン殿下としても、ある程度身辺にノルトラントの武力が存在したほうがご安心なのではないですか」
その私の言葉に、めずらしく大聖女様が怖い顔になった。
「オクタヴィア殿下」
「はい」
「ステファンも私も、ヴァルトラントに行くことになったとしたら、ヴァルトラントの人たちと私達との距離をわざわざ遠ざけるようなことはしない。それはステファンも絶対にそう。ノルトラントはヴァルトラントの征服は望まない。ヴァルトラントに行くとしたら、それはヴァルトラントの人々を愛するためによ」
「はい」
「それはステファンも同じなのは、彼に聞くまでもないことなのよ」
「聖女様」
フローラさんが割り込んできた。
「そんな顔しちゃだめよ、オクタヴィア殿下が……」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ、大変失礼いたしました」
この面会で私はわかった。我が国ヴァルトラントに大聖女様とステファン殿下をお迎えるのに大きな障害は二つある。一つは我が国には大聖女様の愛する学問をおこなう場所がないこと。大聖女様たちはご自身たちで学問を始め、実験などは手作りでやってきたそうだ。天文観測については職人達を導きながら観測施設を整えてきたと聞く。その築いてきたものを手放すとは考え難い。
そしてもう一つ、聖騎士団の存在だ。大聖女様の身辺を守る聖騎士団は、いわば大聖女様の家族だ。もちろん大聖女様がその家長である。ヴァルトラント国民は大聖女様をお迎えするのに異論はないだろう。しかし軍事力となれば別である。確かに我が国はノルトラントとの戦いには敗れた。しかし敗れたとはいえ、我が国の国土はまったく失われていない。ノルトラントは防衛戦に徹し、我が国の侵略の意図をくじいたときに我が国に攻め込むことはしなかった。それはノルトラントの意思出会ったとは思うが、我が国民はノルトラントの軍事力の限界だったと捉えることもあるだろう。
ではお二人をわが国にお迎えしなかったとするとどうなるか。
おそらく債務不履行を理由に、帝国はわが国を呑み込もうとするだろう。帝国は常に版図を拡大してきた。だから帝国なのだ。弱みを見せた我が国を放置するわけはない。抗えば戦争、弱体化した我が国の軍隊は長くはもたないだろう。
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