第9話 報告
父上、ゲオルグ大臣、ディートリヒ前宰相との面会を終えた頃、もう夕食の時間になってしまった。夕食は家族だけでとり、しかも母上が気を使って政治的な話は一切しなかった。ただ弟のエルハルトは、ミハエル王子の第一子ステラ王女の話を聞きたがった。私も数えるほどしかお会いしたことはないが、その程度の話でもエルハルトは喜んで聞いてくれたのが印象に残った。
翌朝早く、私はノルトラントへと出発した。行きは騎乗であったが帰りは馬車1台が増えた。大聖女様への果物のお土産を満載した馬車である。それはそうと早朝にも関わらず、両親とエルハルトはわざわざ見送りに出てくれた。走り出す馬車から手をふろうと振り返ると、父上の背中がいつになく丸く見えた。
三日がかりで女子大にもどった。行きと異なり馬車が増えたので、どうしてもスピードが上がらなかった。国境では行きでごえいしてくれた騎士たちがそもまま待っていてくれた。
「遅くなり申し訳ありません、お土産を持たされまして」
と言い訳すると護衛騎士の最先任のモニカさんは、
「1日任務がさぼれました」
と笑ってくれた。そしてしばらく4人の騎士たちは、お土産の果物をつまみ食いするかしないかで揉めていた。その意見はそれぞれ、
「聖女様は勝手に先に食べたら気を悪くされる」
「むしろ我々が遠慮していたとしたら、それはそれで聖女様は気を使うだろう」
「正直に味見したと申告すれば、聖女様は許してくれる」
などである。見かねた私は、
「みなさん、私を待っていていただいたお礼に、少し食べてください。大聖女様には私から申し上げますので」
と伝えると、喜んで食べてくれた。もちろん私も一つりんごを食べたし、馬にも食べさせた。騎士たちも愛馬にりんごを与えていた。こんな会話からも、聖女様が騎士たちに愛されていることがよくわかる。
国境の街で一泊し、翌日は騎士たちと王都まで駆けた。お土産の馬車はあとから追いかけて来てもらうことにした。モニカさんの指示で、女子大へは寄らず王宮へ向かう。乗るトラント側でも私の帰国の意図はわかっていて、さっそく話を聞きたいということなのだろう。
通されたのは謁見の間ではなく、あまり大きくない会議室だった。少し待つとノルトラント国王陛下がミハエル第一王子、さらにもうひとり家臣を連れて入ってきた。確か外務大臣のファビアンだと思う。立ち上がって挨拶をする。
「オクタヴィア姫、到着早々呼び出して申し訳ないな」
「とんでもないです、陛下」
「それで、どういう話であったのだ」
「はい、陛下。帰国させられた目的は主に、父ヴァルトラント国王がノルトラントの最新情報を知りたいということ、私にヴァルトラントの政治情勢を伝えるということでした」
「そうか、で、ヴァルトラントの情勢はどうなのだ?」
「陛下、正直に申し上げます。ヴァルトラントは昨年豊作、今年も豊作が見込まれておりますが、最終的に国家としては赤字が見込まれております」
「どういうことだ、オクタヴィア姫」
「はい、陛下。豊作ですから我が国の主要輸出品目である農作物はしっかりと輸出しているのですが、戦費の帝国からの借金の返済額が大きく、それでも赤字になってしまうということです」
「そうか、聖女アンが恐れていたことだ」
「はい、陛下、そのとおりにございます」
「で、それをヴァルトラント政府はどう考えているのだ」
「はい、残念ながら重臣たちが3分されてしまい、ノルトラント派、帝国派、現状維持派が均衡してしまっております」
「それはよくないな、傷が広がってしまう」
「はい、父国王の意思は明確ながら、国論をまとめきれておりません」
「うむ、苦労しているようだな、できれば文書で様子をまとめてもらえるとありがたい」
「承知いたしました、陛下。また父からの手紙も預かっております」
私は父からの手紙を渡す良いタイミングと見た。陛下はしばらくだまって読んでいらしたが、やがて表情を柔らかくされた。
「手紙の内容は今聞いた話しどおりだな。あと、姫についても書いてある」
「はい、そうですか、陛下」
「良縁をご紹介いただきたい、とある。姫、なにか希望はあるか」
「は、はい、とくにございません」
「ははは、アンのもとでしごかれて、それどころではなかったのだろう」
これには同席するミハエル殿下、ファビアン大臣も苦笑いしていた。
「は、どうかよしなにお願いいたします、陛下」
「うむ、こころがけておこう」
話はこれで終わりかとおもったのだが、陛下は話を続けられた。
「オクタヴィア姫、そなた自身の縁談はともかく、ヴァルトラントとノルトラントの縁談については姫自身はどう考えておる」
「はい、陛下。私としてはやはり、ステファン殿下に次期国王としてお越しいただくのが一番良いかと」
「しかし姫、それは難しいぞ」
「大聖女様ですね、陛下」
ステファン殿下の配偶者はアン大聖女様である。殿下への愛、学問への愛の二択をせまるのは私としても心苦しいところだ。
「ははは、そなたもアンを大聖女と呼ぶのか」
「父より厳命されました。複数国の聖女を兼任するのですから、大聖女の称号の条件を満たします」
「しかしわかるであろう、彼女を女子大から引き剥がすのは難しいぞ」
「承知しております。私自身、それをどう解決するか、まだ妙案がありません、陛下」
「うむ、食べ物だけでは無理であろう。そして余も、アンを手放したくない」
「はい、それはよくわかります、陛下」
陛下とのお話は以上であり、私は女子大へともどった。
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