真理に至る

 答えとは一体何なのか。

 一人の受講生に吾輩は尋ねた。

 生徒と教授という間柄の質問ではなく、一人の人間としての質問だった。

「簡単だよ、先生。僕は先生を教科書だと思っているよ」

 つまり吾輩こそが答えであると、その受講生は物申した。

 次に、吾輩は馴染みの友人へと問答を投げた。

「面白いことを聞くんだね。魔法学で証明できないことなど、この世にはないと分かっててそれを質問するのかい? それは興味深い観点と思考だ」

 友人はブツブツと一人問答をはじめ、それから吾輩がいくら声をかけても応じることはなかった。

 つまり答えとは、世の学問の中へと方程式がすでに組み込まれており、それを探すことこそ答えの正体であると友人は言った。

 散々聞きまわって、吾輩は様々な人々の答えを耳にした。

 やがて、吾輩の中である一つの仮説が浮き彫りになった。

 その答えとはどこからやってきたのか。

 解。その出身を誰も見たことがない。

 炎を起こすための火の魔力。それはどこからやってきたのか。

 夜空に浮かぶ星々。それらは一体どこで練り上げられ、誰がどのようにして空へと配置したのか。

 吾輩は答えの情報源ソースを、心ゆくまで探求したくなった。


 ◇


 授業とは、生徒と教師の心の会話であると、吾輩は思う。

 ページを開き、踏んづけていた剣から足をどかす。


「さあ、楽しい講義の始まりだ、お嬢さん」


「誰が!」


 おーこわいこわい。


 やはり最近の女性は物騒だ。


 希少鉱物以上に価値のある吾輩の言葉にすら耳を貸さないのだから。

 ひとまずぶんぶんと眼前に迫る剣を次々と躱しながら、開かれた一ページ目に目を通す。


「ふむ。まずは初歩の初歩。誰もが通る道だ」


 吾輩は迫りくる剣の軌道を読みながら、彼女の一撃一撃を躱し、授業を始める。


「私は、飛び出したくなどなかった。永遠にここで過ごしていかった」


「は?」


 彼女の剣の勢いが止む。

 どうやらお嬢さんの真理の一端に触れたようだ。


「こんなジリ貧の状況になるのなら、私はデイブレイク騎士団を抜けたくはなかった。革命などクソくらえだ」


「黙れ! 私はそんなこと思っていない!」


 少々吾輩のモラルには反するが、少しだけ心を鬼にすべきだろう。

 吾輩は再びページを捲った。


「一団を任された身として、私は部下を見捨てることはできない。私は――彼らの覚悟と決意を受け止め、応える義務がある」


「だまれだまれだまれ!」


 もう少しだ。

 もう間もなく彼女のへと侵入できる。


 武器倉庫には木屑や埃が舞い散り、少々咳き込むが仕方がない。こういった講義の場があってもいいだろう。


「ここにいる騎士団の多くは、私の部隊にいた者たちだ。だから私は彼らを見捨てない。だから私はここにいる。だが時々、ふと思うのだ。やはり私はデイブレイク騎士団を抜けるべきではなかった」


「やめろおおおおおお!」


 彼女の慟哭が倉庫一杯に響く。


 吾輩はページを開く。

 途端、本の中から光が溢れだした。


「よく耐えてくれた。さあ、お嬢さん。ここが君の『真理』だ」


 世界が一変する。

 辺りに満ちるのは薄暗い倉庫の中ではなく、白亜の美しい壁が築かれた要塞の外だった。


「これは……昔の騎士団の」


「君の記憶の中だ」


 吾輩は彼女へと告げる。

 途端、正面から馬を駆る一団が歩いてくる。


 もうすぐだ。

 吾輩の講義で与えてあげられる、最大級の答えがやってくるのは。


 お嬢さんは馬に乗った、昔の自分と過去の仲間たちに目を通していた。

 吾輩は本の内容に沿って、彼女の求めている答えを導こうと口を動かす。


「あの中の全員が君の――」


「私の部下たちだ」


「君はあの騎士団との訣別の日、。何を根拠に決起を起こした?」


「部下の気持ちに応えるため。これが最善だと思ったから……」


 吾輩は俯く彼女を横目に、歩いていく過去のお嬢さんを見ながら一言添える。


「つまりだ。君は部下のことを第一に考えた結果、不満を持っていなかった誇り高き騎士団を抜けた。いや、抜けざるを得なくなってしまった。部下の気持ちをないがしろにしてはいけない。それは彼らの上官である君の役目だからだ」


 俯く彼女は地面へと染みを作っていた。


「で……でも。私は彼らをどうしても見殺しにできなかった……これは私の意思だ。騎士団が本気になれば、彼らなどあっという間に……」


「それは意思などではないぞ。意地、といえば聞こえはいいかの」


 吾輩はきっぱりと断言する。

 お嬢さんはまだ俯いたまま涙をこぼしている。


 今はそうやって泣いておけばいい。


 ここからが吾輩の役目なのだから。


「わ……わたしは……あの日どうすればよかったのだ? 騎士団を抜け、支援も受けられずに消耗していく部下たちに、送迎歌を聞かせて看取る以外の報い方しかできない私は……一体どうすれば」


 俯く彼女の肩に手を置く。

 見上げたお嬢さんの頬は涙で濡れていた。


 これが真理学の、最大にして最後の譲歩だ。


「未来とはね、不確実かつ曖昧な概念だ。それは誰にも分からないものだ。君が過去にやったことは消えない。だが、これからの未来けっかを変えることはできる」


 吾輩は彼女の手を握りながら、共に立ち上がる。


 ここに辿り付けさえすれば、この魔法は意味を為したと言ってもいい。


「さあ。君の真理はどうだい? お嬢さん」


 彼女の手をゆっくりと離す。


 講義はこれにて終わり。

 あとは彼女の仕事だ。


 ◇


 薄暗い、分厚い木材で編まれた天井。


 辺りはなぜか散らかっており、武器や木屑が散乱している。

 私は一体ここで何をしていたのだろう。


 確か敵襲の通報があり、自前の得物を持ってこようとしていた時、武器倉庫の中へと足を踏み入れた後だった。


 そこからの記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 気がつけばこの場所に立っていた。


 誰と、どのようなことを話し、どのような戦いを繰り広げていたのかまでは思い出せない。


 だが、言い表せない満足感が、胸の中に満ちていた。

 ふと、背後に誰かの気配を感じる。


「エレオノール、ここにいたか。さっさと逃げるぞ。他の仲間たちも準備はできてる」


 見慣れた兜越しに息切れする誰かが、そう言いながら駆け込んでくる。

 私の同僚、アルハイゼンの姿だった。


「アルハイゼン。一体何が……」


「御託はいい。もはやあのデカ男は団長じゃない。今やバラバラになった分派をまとめられるのはお前だけだ。とにかく一緒にこい!」


 手を引かれる。

 私はなすがままに、彼の後をついて行った。

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