第26話:ゾンビ
「いやぁ、食った食った」
「美味しかったね~」
朔と仲良く一緒に膨らんだお腹をさする私。今日は人生で一番食べてしまった日かもしれない。しばらくは食事量を控えて、ダイエットしないと……。
それにしても朔は突然私をなんで焼肉屋なんかに連れて行ってくれたんだろう?
不思議そうに朔を見上げると、朔はそんな私に気づく。
「ん? どうした? 食い足りねーのか?」
「はぁ!? そんなわけないじゃん! あんなにいっぱい食べたのに!」
「茉莉は食いしん坊だからな。ほら、小学校の時に給食が足りないって俺の分まで――」
「いつの話してんの!?」
朔は何かを思い出しているのか笑っている。二人で並んで歩く帰り道は静かだ。そして薄暗い。中心街から既に離れているからだろうか。
門限、間に合うといいけど。ぎりぎりだ。
「楽しかったか?」
「え? あ、あぁ。勿論! 御馳走様でした! すっごく美味しかったよ!」
「そりゃよかった。……お前の能力がいつか公になることになったら、こんな風に二人きりで外食することもできなくなるかもしれねぇからな」
「ッ!」
私は思わず足を止める。俯いて、少しだけ鼻の奥がつぅんとした。
そうか。今は私、凄く平和な高校生活を送っているけれど、それは学園長や生徒会の先輩が守ってくれているからにすぎないんだ。もし、私の≪仲介者≫の能力が公になったら……
──「まだ分からないのですか。この世には無能力者の金持ちが何千人といるんですよ」
──「──金持ち達は喉から手が出る程望んだ能力を手に入れる為に君を狙ってくる」
──「貴女の存在があることによって、能力売買が可能になるんですよ」
入学初日の、篠原先輩の言葉を思い出す。
そうなったらきっと、こんな風に外出することすらできないんだろうな……。
先を歩く朔の大きな背中を見た。
朔は、小さい頃からいつも、自分のことより私のことを想ってくれる。
私が無能力者だと笑われて泣いてしまった時も。
両親がいなくなってしまった時も。
育ての親である両君の仕事が忙しく、寂しかった時も。
いつも、隣にいてくれたのは──
「いつもありがとね、朔」
「あぁ!?」
真っ赤な顔をした朔がこちらを振り向いた。
「……慣れねぇこと、言うなって。今更だっつーの」
そうボソリと言って、そっぽを向く朔はやっぱり男の子なんだなと笑ってしまう。
私と朔は小さい頃からずっと一緒にいるけれど、大人になったらどうなるんだろう。高校を卒業して、大学生になって、就職して──それも、一緒に出来るのかな。
そこまで考えて、私は首を振った。考えたくないことには、蓋をする。
すると朔の足がピタリと止まる。
「朔?」
「おい、あれ。人が倒れてねーか?」
朔が指さす先に目を凝らすと、確かに男の人が倒れていた。私はすぐにその人に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!? 意識はありますか?」
「……う、うぁ……あ……」
男の人の呻きに違和感を覚える。
なんだか、それはまるで──。
背後から、焦る声が聞こえた。
「茉莉!! 離れろ!!! そいつ、腐ってる!!」
朔が私の腕を引っ張り、自分の方へ身体を引き寄せる。私は朔の腕越しに男の人を見ると、男の人はフラフラしながらも立ち上がり、
「……っ!!」
私は息を呑む。
その人はまるでゾンビだった。朔は人一倍鼻が利くから、その匂いに耐え切れないようだ。
男の人はゆらゆら揺れながら、私達を認識すると──勢いよく襲い掛かってきた!
「茉莉、携帯! 警察呼べ!! 俺の後ろにいろ! 離れてろ!」
「わ、分かった!!」
私は能力者だとは言っても、今ここでは役に立つ能力ではない。
朔の言う通りにすぐに携帯を取り出し、警察と話しながら朔を見守る。朔は完全な狼の姿に変化し、男の人と戦っていた。朔の方は腐った男の人を傷つけずに取り押さえようとしているけれど、一方で腐った男の人の方は容赦なく朔の身体を殴ったり、噛みつこうとしたり……!
異常だ! あの人本当に正気じゃない!!
「キャウンっっ!!!!」
私が必死に警察に状況を説明している時、朔の痛そうな声に口が止まる。
見れば朔が男の人に噛みつかれているではないか!
それでも朔は男の人を傷つけないように配慮しているのか、上手く逃げ出せないでいる。朔の悲痛な鳴き声が大きくなる。
私は息が浅く、頭が真っ白になった。いつか見たゾンビ映画のゾンビ達が人間の肉を貪っている映像が頭をよぎる。
このままじゃ、朔が!!
私は携帯を捨て、ゾンビ男を朔から引き離そうと、男の人の腕を掴み、全力で引っ張った。
するとぐるんとゾンビ男の目玉が私に向けられる。慌てて距離をとった。ゾンビ男は朔を投げ捨て、今度は私を標的にする。
……これでいい。朔から距離をとって時間を稼がないと!!
しかしゾンビ男の足は意外にも速かった。簡単に追いつかれてしまいそう。
「うわ、ぁぁぁあああああああああああああああ!!」
「はっはっ……! う、うそ、もうそこまで……っ!!」
私の全力疾走も虚しく、あっけなく男に手を掴まれたと思ったら──今度は狼姿の朔がゾンビ男に突進し、男は軽く吹き飛ばされた。
そのままぐしゃりと壁にぶつかり、ずるずると地面に項垂れる。
私は寒気が止まらず、荒ぶる息を抑えるので必死だった。
「朔、大丈夫……?」
「ぐるる……」
朔は動かなくなった男をしばらく睨みつけ、ひとまずは大丈夫だと判断したのか元の人間の姿に戻る。しかしその芯は頼りない。私は慌てて朔の脇に腕を通した。
「朔!? しっかりして!!」
「こんくらい、なんともねーよ……」
そう言う朔の声は今にも消え入りそうで。
私はゆっくり朔の身体を地面に横たわらせる。
「朔!? ちょっと、朔!!」
「…………ッ」
朔は何も言わない。声を出す体力もないのだろうか。まさかと思い、朔の腹の方を見ると、凄い血の量だった。さきほど、ゾンビ男に噛みつかれた時の傷だろう。
私は自分の心臓の鼓動しか聞こえなくなる。
脳裏で、両君が泣きながら私を抱きしめる記憶が再生された。
恐怖で身体が震える。
お願い。
お願いだから……朔まで、私を独りにしないで──!!
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