第24話:高木七瀬

「なぁ。お前昨日泣かされてたって本当かよ」

「違うよ」

「違うくねーだろ。昨日お前が泣きながら男と二人でいるの見たって聞いたぞ。誰だよ、そいつ」

「朔には関係ない」


 私の不機嫌な対応に心底ショックを受けたような顔をする朔を余所に私は女子寮へ帰る為、教室を出る。

 ちょっと言い過ぎてしまっただろうか。後で謝っておかないと……。


 そんなことを考えつつ開けたドアの先には、仏頂面の篠原先輩がいた。私は目を丸くする。


「!? し、篠原先輩……」

「話があります。ついてきなさい」

「え!?」

「貴方が付いてこないなら、私はそのまま中心街で能力者狩りをする予定ですが? よろしいのですか?」


 な、なにそれ!!? 篠原先輩の謎の脅迫に押されて、私は連行される。通った事がない道を歩き続け──無言地獄を耐えきった私が見たのは墓地だった。


 私はギョッとしたが、篠原先輩は真顔でそこに入っていく。

 そして──ある一つのお墓の前に立った。


「……七瀬。この間話していた人を連れてきました」


 なな、せ?

 私がポカンとしていると、篠原先輩が私の背中を押す。


「桜さん。彼に自己紹介を」

「えぇ!? わ、私、桜茉莉と申します! 篠原先輩の生徒会の後輩です!」

「ありがとうございます。突然連れてきてすみませんでした、桜さん」


 篠原先輩はそう言うと、眉を下げ、私を見下ろす。


「それに昨日の事も。貴女に図星を言われて、ついカッとなってしまった」

「いや、私こそ、先輩を傷つけて──」

「静かに。貴女が謝る必要はありません。お詫びと言ってはなんだか変ですが、この目の前にいる俺の親友の事を話させてください」


 親友って……あの、先輩が能力を食べちゃって自殺したっていう……?

 私はひとまず静かに先輩の話に集中することにした。


高木七瀬たかぎ ななせ。それが俺の親友の名前です。彼はとても心優しい人間でした。その頃から既に死神と呼ばれ、孤独だった俺に飽きずに話しかけてくれた」

「……」

「俺が能力を開花させた時、意図せずクラスメイトの能力を喰ってしまった。それがきっかけで死神と呼ばれるようになったんです。泣き崩れながら、俺に憎悪の瞳を向けて“お前は死神”だと言い放つクラスメイトの顔は今でも忘れられません。当時の私は非常にショックを受け、心を閉ざしていました」

「そこで七瀬さんが?」


 そう尋ねると、篠原先輩の顔は綻ぶ。今まで見たことないような、柔らかい表情だった。


「はい。彼はこんな俺の傍にずっといてくれた。いつしか彼は唯一無二の親友という存在になっていました」


 そこで、篠原先輩の表情が変わる。今度は眉を顰め、思いつめたような表情だ。


「しかし、彼は突然何者かに襲われ、能力を奪われた。彼の能力は《炎》。とても強力で優秀な能力だっただけに、将来を期待していた両親が彼に酷い態度を取り始めたのです」

「能力を奪われた?」

「俺も丁度その時、中学を転校し、彼の傍にいることが出来なかった。……そして、彼は俺に手紙を送った後、自殺しました。手紙には、無能力者へとなった七瀬がどれだけ酷い扱いをされたのかが書かれていました。クラスメイトの能力者共には弄ばされ、両親には散々罵られ──。七瀬は、能力を奪った人間と、この社会に殺されたんだ」

「…………」

「七瀬の両親は俺の能力を知り、俺が七瀬の能力を奪ったんだと警察に伝えたみたいですが、七瀬の遺書のおかげでそれは違うと証明できた。……あいつは最後まで優しいヤツでした」


 そっか。だから先輩が七瀬さんの能力を食べちゃったっていう噂が流れたのかな。

 それに先輩が無能力者を馬鹿にしてる能力者が嫌いな理由が分かった。親友の七瀬さんがそういう人達に追い詰められていたからなんだ。

 だから、能力者狩りを。七瀬さんの代わりに復讐ってことなのかな。七瀬さんも篠原先輩も私なんかが想像できないような辛い思いをしたんだろう。でも能力者狩りなんてやっていい事じゃない……。


「……先輩。私はそれでも、能力者狩りはやってはいけないと思います。七瀬さんがそういう人に苦しめられたとしても──先輩がリスクを冒してする事じゃない。ましてや人の未来を潰すような行為はどんな人間でもやってはいけないことです」

「分かってますよ、そんな事……でも、仕方ないでしょう! 最初は七瀬の能力を奪った奴を探す為に雷雨の生徒に接触したのですが──当たり前のように皆、口を揃えて言うんですよ。『無能力者はただの玩具』だと! それを聞いた瞬間、玩具のように弄ばれた七瀬が頭に浮かび──思わず──」


 篠原先輩は唇を噛みしめる。私はそっと七瀬さんのお墓を見つめた。


「先輩は、もし七瀬さんの能力を奪った人を見つけたら、どうしたいんですか?」


 先輩はその質問に言葉を詰まらせた後──


「七瀬にやった事を認め、こいつに頭を下げてほしいですね。そして俺は──奪われた七瀬の能力を喰うつもりです。そんな悪人に親友の能力を利用されたくはない!」

「そうですか。それは……私もぜひ協力したいです! 篠原先輩、私もその犯人探し、協力します! だから、もう能力者喰いはやめてください」


 私は篠原先輩を見上げ、拳を握り締める。こういう時は素直に気持ちを伝えるのが一番いい。


「私が嫌なんです。能力を食べる度に、先輩は誰かの恨みを背負い続けなきゃいけない。先輩は七瀬さんがされた事をそのまま復讐としてやり返しているんです。そんなの、終わりがない。どんどん悪い方向に行くばかりです。七瀬さんだって、先輩には幸せになってほしいと思うんです! だから──!」


 ふと、言葉が切れる。先輩の胸板に口がふさがれてしまったのだ。

 強く、強く──抱きしめられている。


 ──篠原先輩に。


「せん、ぱい?」

「……お前も、七瀬のように、俺を光に導いてくれるんだな」


 先輩の言動に私はキャパオーバーだ。顔が熱くなり、石の様に動けなくなる。

 篠原先輩はそっと私から離れると、いつものように眼鏡をくいっと上げ、口角を上げた。


「後輩に教えられるとは、俺もまだまだだな」

「先輩……!」

「帰るぞ。今日は付き合わせて悪かったな」


 あれ? なんだか先輩、さっきよりも口調がフランクになったような……。

 これは……少しは私のこと、信頼してくれるようになった証拠なのだろうか。そうだと嬉しいな。

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