第二話 使えるものは使う

「ここは、異世界なのか……?」


 仮にここが異世界だと仮定して(疑義あり)、『妄想力』というのがこの世界のステータス制度における一部ならば、俺の認識する異世界では、妄想したことが実現する(制約付)みたいなのが普通なはずなんだけど。


 試しに目を閉じて、頭の中で強くイメージする。


『推しが俺の目の前に現れて、俺のために歌ってくれる。』


 

―――目を開ける、そこにいたのは……



 あれぇ?


 木が目の前にあるのみ。あるのはただの木。

 しかし、一瞬で消えた少女の行方が同一平面状ではないことを悟る。そうして、よくよく見るとさっきの少女は木の上で寝ている。


「推しじゃないじゃん。」


「あぁ?うるせぇ。なんのために人のいないところで寝てると思ってんだ。」


 いや、一応俺がいるんだけどなぁ。


「俺は人ですらないってことですかー?」


 あえて子供に対して子供のように振る舞う。同じ目線作戦。


「そうだよ。お前みたいな変なやつはこの村じゃ人として扱われない。」


 ふむ。どうやらホントっぽい感じがある。

 燧輝は少女の言葉にどうしても引っかかる。


「お前はどうなんだ?村の中じゃなくてこんな辺鄙なところで寝てる方が、よっぽど変なやつじゃないか?」


 木から降り、腰まである長い髪をふわりと舞わせる。燧輝の言葉に腹が立ったのか、腰に手を当て、声を荒らげる。


「てめぇ、あたしの質問に答えろ。その妄想力はなんなんだよ。」


 いや、こっちが聞きたいのだが……。

 燧輝は眉間に皺をよせ考え込む。


「いやぁ、それがさ、さっき目が覚めたら、そこの通りで寝てて、爺さんに起こされて、火で炙られて、今ここにいるんだよ。妄想力がどうのとか言われても、俺には全然わからないんだよ。」


 真面目な表情で答えられたのが少女にとって、相当意外だったのか、逆に呆れ始める。


「つまり、あんたは道で野草食って、寝てるやばいやつってことか?」


「いやいやいや、そういうことじゃなくて!本当にここがどこかもわからないし、なんで君みたいな綺麗な金髪で青の目をした少女が、俺の目の前にいるのかもよくわからないんだ!」


 燧輝の言葉に少女はたじろぐ。


「綺麗なとかいらねぇから……。

 なんでそんなステータスなのか、質問してるのはこっちなんだから答えろよ。」


 懐飛び込み作戦が意外とうまく行った……?が、忍ばせた質問には答えてくれない。手ごわい……。


「え、もしかして照れてる?」


「うっっせぇ、殺すぞ。」


 少女は顔を背け、長い髪をまとめる。その姿はまるでツンデレ妹のように、可愛く思えた。


「まぁ。とにかく。俺はここがどこかもわからないし、なんでここにいるのかもわからないし。とにかくわからない尽くしなんだ。もう、俺は、何者でもないのかもしれない……。」


 こんな子に落ち込み作戦がうまくいくかはわからないが、この少女に純粋さが少しでも残っていることに賭ける。


「はぁ……。」


 ――チラッ

 俯いた顔を少し上げてみる。少女はため息をつくと、少しずつ近づいて、左手を差し出してくる。


 異世界ではこういう時、手をつなぐと非常に”少女的反応”をして、『別にあんたのこと助けたいわけじゃないし』と照れ隠しをいう所だろう―――


「ちげぇよ!なんで手なんかつないでんだよ気色悪いな!」


 思い切り手を振りほどかれる。まあ、そりゃあそうだよな。15歳ぐらいの少女が20歳の男に手をつながれても気持ち悪いだけだよな……。ははは……。はぁ……。


「金だよ金!情報もタダじゃないんだよ!」


「いや、だからさっき言ったけど、気づいたらここにいたんだから、金とかないし。」


 少女は更に呆れかえり、左手を近くの濁った水たまりで洗う。

――そんなに俺と手をつながれたの……いやだったのか。


「じゃあ、こうするのはどう?」


 金がないなら、労働力を提供する。どこの世界であろうとこれは通じるはずだ。


「君の言うこと、しばらく聞いてあげるから、その代わりにこの村、この世界のことを教えてよ。」


 交渉は人との接点において、もっとも人の知性の顕れるところだと、父から教わった。


 少女は、頬をかき、難色を示している。

――何か追加条件か?


「なんでも聞くって言ったら、教えてくれる?」


 少女は、一瞬にやりと笑うと、その口角を一気に下げ、淡々とした声で、


「今からお前は私の使いだ。だから、私の名前から覚えろ。私は――サフィア。」


 サフィア……。


「良いお名前ですね。」


 なぜか敬語になってしまったが、「家族名は……?」と言いかけたところで背を向ける彼女の首筋の傷跡が、黙れと告げる。


「私はこの名前大嫌いだけどね。」


――来た道を戻ろうと足を運ぶサフィアと数m距離を取って歩く。


「なんで距離とって歩くの?そっちの方が気色悪いんだけど……。」


 そう言われて今度は横を歩く。


「真横はもっときつい。」


 き、きついはダメージ来るなぁ……。

 ――結局、燧輝はサフィアの少し後ろを歩く形になった。


「それでまず……ステータスってのは何なんだ?」


 ステータスと言えば攻撃力やら防御力やらHPの類なのだろうが、そういった表示は見当たらない。


「めんどいから、あんたに言えることだけ伝えると――妄想力は高くてもなんも意味ない。ただの妄想に過ぎないから、どこまで行っても現実に交わることはない、ただの偶像崇拝。」


「端的に言えば、俺は弱いってことか?」


「そういうこと。」


 ほうほう。納得している場合ではない。今すぐこの世界に召喚させた奴に、一発入れなければ気が済まない。


「これで、言うこと一つ聞いてもらうね。」


「あ、そういう感じなのね。こっちに主導権あるんだ。」


「別にいいでしょ。あんたが持ってきた駆け引きだし。」


 少女は、まだ幼い下唇をかむ。


「ところで、どうやってそのステータスは見られるの?」


 少女の装いには、先ほども確認した宝飾のリング。


「これ。」


 と指さすのは、推測通りの答え。


「私の視線と連動してて、対象のステータスが見られるの。ちなみに、自分のは常に自分で見られる。」


 ほうほう。かなり古典的な見た目にして、画期的な性能を持っていたようだ。

 燧輝はうなずきながら、もう少し情報を引き出そうとする。


「ちなみにあんたがこれを付けたら、これ。」


 といって、青い宝石を指さす。爺さんが光らせていたものとは違う気がする。


「このアパタイトが光りすぎて、周りから変な奴扱いされるのは間違いないね。今の時点でだいぶ変な奴だけど。」


「一言余計だな。」


 いたずらっぽく笑う所はまだ少女らしさのある、綺麗な笑顔だ。


「つまるところ、俺は変人な上に、何も役に立たない能力値が高いだけってことか。」


「あとロリコン。」


「それは流石に勘違いだから。」


「うっせぇ。勘違いしたのはそっちでしょ。」


 口は悪いが、なかなか楽しい奴だ。友達は少なくても、めちゃくちゃ仲がいい幼馴染がいるタイプの子だな。


――「もうすぐ着くよ。」


 道の脇の森が薄くなっていく。鳥のさえずりでもなく、人の足音、喝采、会話が聞こえ始める。そして見えるのはおそらく村の中心にある、大きな銅像。

 こんな辺鄙な村に銅像とは……。天に掲げる剣、左手には盾。つくるのに相当の時間を要したであろうそれは、綺麗に磨かれている。


「私の案内はここまで。あんたは一目見りゃわかるし、この村はそんなに大きくないから、また頼みごとができたら探すから。じゃあね。」


 村にすぐに消えていく。


「じゃあね。か。」


 妄想力をもってしても、あの捉えどころのない人間は捕まらなさそうだ。

 しかし、燧輝にとって大きな収穫がある。サフィアという知り合いができたこと、そして……


「妄想力って、使い方次第なんじゃないか?」


 踏み出した一歩は、妄想でも虚言でもない、現実の確かなものだった。

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