第一話 ここは……どいつ?

 誰かが俺を起こそうと体をつつく。起きるのもだるいし、いったん二度寝を……。

 彼は一瞬目を開くと、外にいるのを視認した。


「うわぁぁ~!!」


 なんと情けない声だろう。彼自身でもそう思うであろうほどの、裏返った甲高い声が不意に出る。硬いマットレスで寝ていたはずの彼は、いつの間にか固い地面に寝ていた。


「え……俺って、もしかして夢遊してた感じですか?」


「お前さんが誰かは知らんが、とにかく、そんな変なステータスの人間が、この村で寝ているとなれば、わしとて何もしないわけにはいかん。」


 変なステータス?ゲームの話か?

 目の前のご老人は、現代日本とは思えない、茶色いローブを着て、いかにも長老感がある。


「お前さん、妄想力が異常値とはまさか……兇人ではあるまいな?」


 は?どういうことだ?この老人何が言いたいのかさっぱりわからんのだが……。


「もし貴様が、この村に何か危害を加えるようなことをするならば、ここで処すぞ。」


 おいおいおい……いきなり会って1分ぐらいで処すってなに?

 彼は少しの間困惑していると、ご老体が何かを唱え始める。そして、腕の宝飾の施されたリングの青白い宝石が発光する。


「我が村を守り、その理を顕現させ、その光を示し給え


―――Funken!」


 老人が謎の言葉を発すると、小さな赤い魔法陣が出てきた。同時に西にいたであろう鳥たちが逃げおおす。


「おぉ。おじいさんもしかして、5×5の魔法陣の組み合わせの数とか知ってるタイプの、知的なおじい様だったりします?」


「貴様何を言い出すかと思えば……」


 お、これは興味あるタイプの反応か……?

 彼は老人の様子をみて、楽観的に思考するが、現実は甘くなかった。むしろ熱い。


―――ブフォォー


「熱っ!死ぬ死ぬっ!まだ二十歳なのに死にたくなんかないよ!」


 首元が熱いっ。まるで火が纏わりついているような……


「って!マジで首に炎のマフラー出来ちゃってるけど、大丈夫?!」


 老人は去り際に何か言っていたような気がする。


「貴様……うな…間は、生き……値はな…。」


 ゆっくりと、じわじわと迫る死の熱に、瞼が重くなる。

 あぁ……。こうして人は死んでいくのか……あれ?でも……


「走馬灯が流れてこない……。」




―――彼の気づいたときには、首元の”炎のマフラー”は消え、レベル0,5の超軽度のやけどを負っていた。


 ご老人はもういない。あの人の目の前に現れた、ホログラフィック的な魔法陣も一緒に消えている……。


「なんだったんだ……?ていうか、ここどこだし。」


 現段階でわかっていることを整理してみる……前に!水っ!


「たしか……鳥が左側にめっちゃたくさんいたっぽいんだよな……もしかしたら水がそこに在るかもしれない。」


 そんな期待をもって、左側の林に入っていく。鬱蒼とした、暗い林。というか、もはや森を少しずつ歩いていくと、湿ったにおいがしてきた。


「お……あるんじゃないか?」


 足取りが軽くなる。未だに首元は熱いが、さっきよりはだいぶましになってきて、もはや水が必要なのかすらわからない。


「お、見つけた。」


 見つけたのは茶色く濁った水たまり……にしてはでかい。しかも自然にできたようなものでもなさそうだ。周りを見ると、少し盛り上がったところがあり、最近生えたばかりであろう雑草が、気張っている。


「さすがにこれを首周りに塗るとか勘弁だな……。」


 今着ている絶対に汚したくないこの推しTシャツは、寝間着としてもう7年使っている。汚れたら死んでもいい。てか死ぬ。


ーー背後から草むらの擦れる音がする。


 そこに現れたのは見知らぬ女の子で、以下にも訳アリといった感じの、傷跡が首筋にある。


「おい、お前は誰だ。」


 少女とは思えぬ、冷たく刺すような声だ。

 少女の声って言ったらもっと、かわいい声だと思うんだけどな……。とにかく、『なんだかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情け。』か。


「ええと。そうだな……。」


 自己紹介……大学のゼミでも失敗したやつだけど、やるか……。


「俺の名前は小糸燧輝おいとすいき!誕生日は9月16日で足したら25、ピタゴラスの定理!推しのためなら死んだってかまわない!」


 冷たく湿った風が吹く。


「あ?オイト・スイキ・ピタゴラス?誰だか知らねえけど、さっさと消えちまいな。こんなところ、いても意味ない。お前みたいな『妄想狂』にはな。」


 なんかいろいろ勘違いされているようだけど、いったん置いておこう。

 少女の言葉に彼はまたしても、引っかかる。


「ていうか、”妄想癖”だか何だか知らないけど、なんなの?あとさっきのあの茶色いローブ着た爺さんはお前のじいちゃんか?危うくお前のじいちゃんに殺されるところだったよ。」


 燧輝は、少女の腕の宝飾リングが爺さんの物と似ていることに気づいていた。

 そして、少女は怪訝な表情を浮かべたのち、すぐに頭に血を集める。


「あ?あいつが私のおじいちゃん?ふざけんな。あいつに教わることなんか何もないし、あいつは今まで何もしてなんかいない。いいから、この村から出ていきな!」


 燧輝は近づくことなく、ただ唯一まともに話してくれる少女にすがる思いで謝罪する。


「本当にごめんなさい!すべて私が悪かったです!どうか許してください!なんでもしま……。」


 理由もわからないまま謝罪するのは、万死に値するとでも言われるかと思ったが、


「いったな。この村にいてもいいが、何かしようものなら、消し炭にしてやるからな。」


 ふぅ。何とかとりもてた……。交換条件が提示されるか……?

 と思考したが、少女はいつの間にかいなくなっていた。いるのは濁った水たまりの蛙と燧輝、一匹と一人。


「ここから、蛙と友情紡ぐ物語が幕を開けるとか、そんな意味わかんない人生じゃないよね?」


 天を見上げたつもりが、視線の先は木々と枝葉。


「結局、ここは一体どこなんだ~!」


 叫んで木々にこだまするはテノール。アルトパートにギリ入れられずに済んだ若干高い声。


「唯一の手掛かりは、あの爺さんがしゃべってた言葉ぐらいだな……。」


 大学で学んだ第二外国語はドイツ語。”フンケ”みたいな単語、習ってないな……。

 でもドイツ語の名詞は、男性詞と女性詞があって、男性詞の場合は最後に”エン(en)”女性詞の場合は”エ(e)”がつく。となると、少なくともドイツ語であるならば名詞だとわかる。


「ワンチャン、ドイツ留学きた?」


 いや、そんなわけない。大学の専攻は解析接続で、ドイツ語なんか、履修の必要上とっただけだ。もちろん、評価はCでギリギリ。単位って取れればいいからね。


「そんなこと考えてる場合じゃない……。」


 結局、適当な推理でここがドイツっぽいことは分かった。けど、あの爺さんが出した魔法陣は、現代ではありえない。確かに、スマートグラスで空間上にディスプレイを再現することはできるけど、それは装着者にしか認識できないはずだ。


「ここはつまり……?」


 >>異世界<<


 その三文字が頭をよぎる。


「いやいやいや、これはリアルすぎる夢でしょ。最近RPGとか、異世界系のアニメとか見まくってたし、その記憶が脳で整理されてできた歪に過ぎないっしょ。」


 古典的な方法ではあるが、頬をつねってみる。


「痛くない……?」


 いや、違う。


「首が痛すぎて、頬つねってもわからん!」


 とまあ。当然すぎる結果に終わるのだが……この状況って異世界としか考えようがない。


「でもさ。よく考えてみて……。なんで異世界に来たのに、俺には意味の分からない能力しかないんだ?普通さ、動きが超早いとか、魔法がめっちゃ強いとか、剣さばきが最強とかいろいろあったじゃん。」


 『妄想力』って何なんだよ。

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