第7話

「私、安倍さんの自宅に行ってみようと思います」


陰陽寮を出てすぐに門野は告げた。

時刻はすでに夕方16時近く、もう1時間も経てば空が色付いてくる時間になる。

郊外にある陰陽寮の省庁近くは手付かずの自然も多く残っていて、遠くでは虫の音が聞こえていた。


「何かわかりそうか?」


黙って首を振るだけの門野。

さっきの再会、現実には会えなかった安倍とのやり取りも何一つ得られるものは無かったのだ。

頭の中で反芻するのは安倍の言葉。


「安倍さんは本当に大事な物ほど人には話さないし、全部自分で抱え込むんですよ。昔から」


「さすが陰陽頭の一番弟子。今から行くなら一緒に行こう。何かわかるといいんだが…」


そう言って坂東な運転席のドアを閉める。

今こうして家に向かおうとしてるが、実際この件に関しては何一つとしてわからないままだった。

安倍ほどの力を持って封じ切れないとは相手がどんなに強大な力を持っているのか、坂東の話に出てきた引き継がなくてはいけない契約とは何なのか。


「坂東さん。安倍さんがその山に向かう前、他の者が任務にあたっていたと言ってましたよね。その担当者はどうしたんですか?」


一瞬表情を曇らせたが坂東は返した。


「この話が回って来たときまず吉野が任務に着くことになったんだ。聞いていた情報だと山神の類が暴れていて辺り一帯が荒れて人間にも被害が出ているとだけ。最初は本当にいつもと変わらない案件だった」


吉野という名前に記憶を照らし合わせる。

あまり話したことは無いが陰陽寮に入庁して数年の若手だ。

陰陽師の人手不足は否めず、経験不足の若手が1人で出向くことも少なくない。


「現地に行ったらそうじゃなかったと?」


「その通りだ。山神はすでに呪いになり始めていてその悪臭が山の麓にまで広がっていた。近づくほど瘴気が濃くなって息苦しさの中、吉野は山神の元へ向かったらしい」


「それでその吉野くんはどうなったんです?」


「もちろん封印しようとした。彼が全神経を集中させて封印の術を使いあともう少しで完全に出来る、

というところで山神は笑いながら結界をこじ開けたと。陰陽師が術を使うときは生きるか死ぬかの瀬戸際だ。自分の血や体、それこそ命を代償にしてこの世のものとは別の力を得る。封印を途中で途切れさせるなんて…術者がどうなるか聞かなくてもわかるよな」


「意識はむこうの世界に捉えられたままか、もしくは山神の力に呑まれて呪をかけられたか」


力が及ばず陰陽師が痛手を追うのは珍しいことじゃない。時には指が無くなったり、皮膚が剥がれたり、という者も中にはいる。

しかしそこでいきなり陰陽頭が出向くとはずいぶん

話の進み方が早いように門野は感じた。


「吉野くんの意識が混濁して、何故そこで別の人間ではなく安倍さん自ら出向いたんですか?」


「彼が山の麓で倒れているのを発見して病院に運ばれたんだ。もちろん安倍さんもすぐ向かった。吉野くんを見てすぐに安倍さんは呪いがかけられたんだと察した」


それは陰陽頭の安倍が自分の中で覚悟が決まった瞬間でもあった。

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