第6話
「安倍さん」
門野は自分の声が声になっていない気がした。
こんなにも現実味が無いと感じる体験は無い。
まるで幽体離脱のようだ、ともう1人の自分がどこかで考えているようだった。
「晴道、ここまでよく来たな」
目の前にいる安倍は別れたあの日と同じで笑っているのか困っているのか、どっちにも見えるような表情をしていた。
「聞きましたよ安倍さん。山神を鎮めるのに自分の命を差し出そうとしているって」
何も言わずただそこにいるだけ。
無言なのは肯定の意味なんだろうと門野は理解した。ゆっくりと喉を動かすが、それが数分にも感じられた。
自分と対峙しているこの人物は本当に安倍なんだろうか?幻なんじゃないか?
こんな再会になるだなんて思ってもみなかった門野は、これが夢だったら覚めてくれと何度も願った。
「人間は生まれたからにはそれぞれ役割があると思ってる。人を引っ張るリーダーシップ、人を助ける優しさ。各々それは違っていて、君は人を守るためにその力がある」
君を見込んだ僕の目に間違いはなかったね、と安倍は笑う。
言葉を繋ごうとしても門野の口は動かなかった。
顔だけじゃなく腕も脚も、指の1本さえ僅かな動きさえ封じられているようだった。
「晴道ほど力があって誰かを守れるならそれが1番だと思う。でも僕はそうじゃない。そうじゃなかったんだよ」
まただ、と門野は思った。
笑っているのか困っているのか、それとも泣きそうになっているのか。
「陰陽頭として果たさなきゃいけない責務がある」
聞きたいことがまだあるのに門野の体は重くて思い通りに動かない。
腕を掴んでまで呼び止めたいのに、瞼まで重く感じる。
まるで鉛が乗ってるかのように椅子から立ち上がることが出来なかった。
「…この歳になって思い返すと君とは思い出がたくさんあるな」
近くにいるような、少し遠くにいるような。
聞き慣れてるはずの声が頭の中で響いている。
嫌な予感は嫌なほどよく当たるものだ、とどこかで冷静にこの状況を見ている門野。
「君は現世で1番力のある陰陽師だよ、晴道」
待ってください、その一言を伝えるためどんなに声を出そうとしても口が開くことはない。
どうしたらいいのか考えてるうちに視界にゆっくりと靄がかかっていた。
ぽつり、ぽつり、とまるで雨が滲むようにゆっくりと全身の感覚が戻ってきた。
空気が変わったと共に目を開ける。
「門野、大丈夫か?」
覗き込んでいたのは坂東ただ1人だった。
部屋の中を見回しても他には誰もいない。
「安倍さんは?もういませんか?」
坂東は困ったように少し眉を顰めた。
「急に動かなくなったから疲れて寝てるのかと思ったんだけど、しばらく動きもしないし呼吸もないしで焦ったよ。安倍さんは今日来れなくなったんだと」
門野は自分で自分の腕を掴む。
触ってる、触られている感覚がある。
これは現実なんだと認識した。
「坂東さん。今夢の中に…いや現実なのか意識の中か判別出来ないですけど安倍さんと話しました」
「そうだったか」
「あれ、別れの挨拶のつもりだったのかな。そうだとしたらずいぶん一方的なやり方だ」
何があったんだ?と坂東からの問いには応えず無言で立ち上がりもくもくと身支度を始めた。
「門野?どうした?」
「あと2日しかないので急ぎましょう」
門野は独り言のように呟いて書斎を後にした。
慌てて大きなカバンと上着を抱えて後ろを追いかける坂東。
照明が消え真っ暗になった書斎はまた秒針だけが響いていた。
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