私の人生を代償に
@star-5656
第1話
電車が走る音を背に1人の男が歩いていた。
夕方から夜に変わろうとするこの時間、帰り道を急ぐ人たちで駅前は騒がしい。
歩くこと10分少々、公園の脇を通りかかるがいつも遊んでいる子供たちは誰もいない。
普段の通り道のはずなのに何かが違う。
振り返ってみるもおかしい様子は何もなかった。
気のせいかもしれない…そう言い聞かせて自宅まで歩みを進めるも、玄関前で感じる違和感には無視出来なかった。
「何だこれは」
鍵を開けようとした右手が止まった。
涼やかな顔の男は更に目を細める。
元陰陽寮の役人だった門野晴道(かどのはるみち)は自宅の玄関扉に挟んであった紙切れをじっと見た。
明治初期には廃止とされた陰陽寮は廃止後秘密裏に再び作られ現代に至る。
国政に関わる議員でも存在を知る者はほんの一握り。
所属する役人は陰陽師と呼ばれ、ごく少数の精鋭で成り立っている部署。
今年30歳になる門野は陰陽寮を1年前に辞めていた。
紙を持つと指先に痺れが走る。
きっとロクなことじゃないだろうな、と四つ折りにされていた紙を広げた。
『明日直接会って話がしたい、10時に家まで迎えに行く』
そう書かれていたのは見覚えのある字。
走り書きでまるでミミズのようなこの文字は陰陽寮にいた時の上司・坂東の癖がしっかり出ている。
手紙はものの数秒で紙吹雪のように散り散りになった。
「…坂東さんの連絡先あったかな」
カバンの中にしまっていたケータイを取り出して連絡先を探すも電話番号もメールアドレスも何も残っていない。
何も残ってねぇ、とため息を吐くが陰陽寮を辞めるときに全員の連絡先を消したのは自分だ。
わざわざ自分以外に見られないよう紙には術を施していた坂東。
嫌な予感しかしないが門野はそのままリビングに入って荷物を置いた。
ソファに腰を下ろした途端ケータイが鳴る。
登録されてない番号だったが通話ボタンを押した。
『門野、久しぶりだな』
相手はまさに手紙の差出人だった坂東だ。
「ご無沙汰してます。あれうちの玄関に挟んだの坂東さんですよね?もう陰陽寮は…」
辞めた身です、そう言葉を続ける前に坂東の声が耳元で聞こえた。
『安倍さんだよ』
一瞬門野の息を飲む音がした。
陰陽寮に入って7年一緒にいた上司、そして陰陽師とは何かを手ほどきされた師匠だ。
『詳しいことは直接話したいんだが、明日そっちに迎えに行こうと思ったけどこの後時間あるか?』
「こちらは問題ありません、大丈夫です」
返事をするなり坂東は良かったと返した。
30分後に行く、という一言で電話が切れた。
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