第7話 赤
母に買い物を頼まれ、自転車もなく歩いて遠くの店まで往復した。両手に重い荷物を抱えて、マンションの入り口に辿り着いたとき、ふと足元に四角い小袋が落ちているのに気づいた。
『お浄め』
白い文字でそう書かれた、小さな塩の袋だった。葬儀のあとに配られるものだ。気づけば、私は無意識にそれを拾い上げていた。
「ただいま。お母さん、お浄めの塩拾った」
「そんなもの拾ってきちゃダメ!すぐに捨てなさい!」
言われるまま、袋を開けて玄関先に撒き、残りを捨てた。
その夜。疲れているはずなのに眠れず、布団に寝転んで小説を読んでいた。
ボソボソ、ボソボソ……。
かすかな声が聞こえた。耳を澄ますと、部屋のドアの向こうからだ。
「南無阿弥陀仏……」
背筋が凍った。お経の声。誰かがドアの向こうで唱えている。怖くて開けられない。私は本を顔にかぶせ、目を強く閉じた。
しかし、その声はだんだん大きくなる。
南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……。
耐えきれず、薄目を開けた瞬間。
黒い影が、寝ている私の周りをぐるぐると回っていた。
それは女の生首だった。
長い髪を引きずりながら、真っ赤な口紅の唇を歪め、私の周囲を高速で旋回している。
ぐるぐる……ぐるぐる……
小説を震える手で握りしめながら、私は気づかれないふりをして横を向いた。だが――。
ピタリ、と動きが止まる。
本の向こう、わずか三十センチの距離。生首がそこにいる。息が詰まる。
やがて、生首が再び動き出す。
その瞬間――。
首筋に、生暖かい感触。
「うわああっ!!」
飛び起きると、目の前に生首があった。
真っ赤な唇で、にやりと笑う。次の瞬間、窓の方へスーッと消えていき、同時にお経も止んだ。
震える手のひらを見ると、真っ赤な口紅の跡がついていた。
夢だったのか、気絶していたのか。
わからないまま、朝を迎えた。
あの感触は今でも忘れられない。
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