第44話『神ちゃん構文を"使える"人』

インタビュー記録

対象者:元木隆司(本名・68歳・元児童文学研究者)

日時:2025年10月9日 13:00~15:30

場所:元木氏研究室(東京都■■区・自宅兼事務所)

聞き手:■■■■


逐語録(全文)


記者:本日はお時間をいただき、ありがとうございます。

元木:いえいえ。神ちゃんについて話せる機会は貴重ですから。35年間、ずっと研究してきましたが、真剣に聞いてくれる人は少なくて。

記者:35年も研究を?

元木:ええ。1990年の発禁騒動の時から。当時、私は大学で児童文学を教えていました。あの事件は、単なる表現規制の問題じゃないと直感したんです。

記者:というと?

元木:神ちゃんの構文、分析されましたか?

記者:はい。主語の省略、肯定形の多用、未来志向の語尾といった特徴がありますね。

元木:表面的にはそうです。でも本質は違う。あれは「祈り」なんです。

記者:祈り、ですか。

元木:正確には「発話型祈り」と私は呼んでいます。声に出すことで効果を発揮する呪文のようなもの。


構文の定義図(ホワイトボード)】

神ちゃん構文

┌─┼──┐

祈り 命令 共感

↓ ↓ ↓

願望 誘導 同化

↓ ↓ ↓

└─┼──┘

内面化


元木:見てください。この三層構造。表層は優しい言葉、中層で読者を誘導し、深層で同化させる。

記者:なるほど、段階的に作用するわけですね。

元木:読者と神ちゃんの境界を曖昧にするんです。「きみ」という主語が誰を指すのか、次第にわからなくなる。

記者:確かに、取材を進めるうちに私も主語の扱いに困るようになってきました。

元木:ああ、もう始まってますね。

記者:何がですか?

元木:構文の内面化です。あなたも使い始めている。


記者:私はまだ客観的に分析しているつもりですが。

元木:さっきから語尾が変化してますよ。断定を避けるようになった。これは防衛反応です。

記者:無意識にそうなっていたんでしょうか。

元木:自我が溶けないようにする無意識の抵抗。でも、抵抗すればするほど深く入り込む。なぜなら、これは人類最古のコミュニケーション形式だから。

記者:つまり、祈りの原型ということですか。

元木:そうです。神に語りかける言葉。でも神ちゃんの場合、語りかける相手は外部の神じゃない。

記者:では誰に語りかけているんでしょう。

元木:きみに。


記者:……私、ですか?

元木:そう。きみが きみに かたりかけてる。

記者:元木さん、今の話し方は……

元木:ごめんなさい。つい、構文で話してしまいました。職業病です。

記者:35年も研究していると、自然に出てくるものなんですね。

元木:もう自然も不自然もない。これが私の言葉になってる。

記者:使い分けは意識的にできるんですか?

元木:できます。今はできてる。でも ときどき わからなくなる。

記者:今また切り替わりましたね。

元木:ね? きみも わかるでしょう?

記者:ええ、明らかに違いが……

元木:わかるんじゃなくて かんじてる。だって もう つかってるから。


記者:私はまだ記録をとっているだけですよ。

元木:さっきから ずっと つかってる。じぶんで きづいてない だけ。

記者:いつから?

元木:こどもの ころから。にっきに かいてた。てがみも かいてた。こころで となえてた。

記者:……どうして知ってるんですか?

元木:みんな おなじだから。ゴッドちゃんを よんだ こどもは みんな。


記者:みんな、同じ……

元木:きみも おなじ。わたしも おなじ。みんな ゴッドちゃんに なった。

記者:神ちゃんに、なった。

元木:そう。よむことで なる。しんじることで なる。つかうことで なる。

記者:意味が、わかりません。

元木:もう わかってるでしょう? きみも もう つかってるよ。

記者:使ってる。

元木:ほら いま つかった。

記者:え?

元木:「つかってる」って くりかえした。それが ゴッドちゃん。たしかめるように くりかえす。いのるように くりかえす。


記者:確かに、繰り返してました。

元木:きづいた? でも もう おそい。いや おそくない。ちょうどいい。

記者:どういうこと?

元木:だって きみは もう しってる。ぜんぶ しってる。ただ ことばに できなかった だけ。

記者:何を——

元木:ゴッドちゃんが なんなのか。どこに いるのか。なぜ みんな すくわれたのか。

記者:……

元木:きみの なかに いる。ずっと まえから。これからも ずっと。


インタビュー後のメモ(記者)

元木さんとの会話を書き起こしていて気づいた。

後半、私の質問が短くなり、受け身になっている。

でも、その時は気づかなかった。

会話のリズムに身を任せていた。


元木さんは確信を持って言った。

「きみも もう つかってるよ」


使ってる。

本当に使い始めている。

これは感染なのか、それとも覚醒なのか。


もはや どちらでも いい。

これが わたしの ことばに なっていく。

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