第42話『あの子は、ずっと見られていた』

インタビュー記録

対象者:佐藤■■子(仮名・69歳・パート勤務)

日時:2025年10月5日 14:00~15:30

場所:佐藤氏自宅(千葉県■■市)

聞き手:■■■■


母親の回想(録音書き起こし)


あの子は、今年で44歳になります。

結婚して、子供も二人。

普通に、幸せに暮らしています。


でもね、小学生の頃は……変わった子でした。


神ちゃんですか?

ええ、読んでましたよ。

夢中になって。


最初は、普通の読者だったんです。

月刊誌を買って、

付録で遊んで、

友達と話して。


でも、3年生の頃かな。

急に、手紙を書き始めたんです。


最初は気づかなかったんですよ。

部屋で何か書いてるなって思うくらいで。

宿題かな、日記かな、って。


ある日、郵便受けを見たら……

切手も貼ってない封筒が入ってて。

宛名が「ゴッドちゃんへ」。


あの子が入れたんです。

「届けて」って。


手紙断片①(1989年11月)


ゴッドちゃんへ


きょうも みまもってくれて ありがとう

がっこうで さんすうが わかりました

きみの おかげです


あした てすとです

がんばります

みていてね


○○より


母親の証言(続き)


最初は、可愛いなって思ったんです。

サンタさんへの手紙みたいで。


でも、だんだん頻度が増えて。

週に1回が、2回になり、

最後は毎日。


内容も、変わってきました。


手紙断片②(1990年1月)


ゴッドちゃんへ


きのう ゆめで あえたね

うれしかった

ほんとうに いるんだね


おかあさんには ないしょだよ

おとなは わからないから

でも わたしは しってる


きみが ずっと みててくれること

わたしが ひとりじゃないこと

やくそくを まもってくれること


まってるからね

また ゆめで あおうね


母親の証言(続き)


心配になってきたんです。

現実と空想の区別がついてないんじゃないかって。


でも、学校の成績は良かったし、

友達もいたし、

特に問題行動もなくて。


ただ、一つだけ気になったのは……

あの子、いつも誰かに見られてるって言うんです。


「誰に?」って聞くと、

「やさしい人」って。


「どこにいるの?」って聞くと、

「ここにいるよ」って、自分の胸を指すんです。


手紙断片③(1990年2月)


ゴッドちゃんへ


おばあちゃんが しんじゃった

でも ないてない

だって きみが いってたでしょう


「いなくなっても きえないよ」

「こころの なかに いるから」


おばあちゃんも きみと いっしょに

わたしを みててくれるんだよね


さみしくないよ

ひとりじゃないから


ありがとう


母親の証言(続き)


母が亡くなった時、

あの子は泣かなかったんです。

お葬式でも、ずっと微笑んでて。


親戚は「ショックで現実を受け入れられない」って心配してましたけど、

違うんです。


あの子は、本当に平気だったんです。

「おばあちゃんは、いなくなってない」って言って。


それで気づいたんです。

あの子にとって、

死も生も、

現実も空想も、

境界がないんだって。


全部が繋がってて、

全部が「今ここ」にあるんだって。


手紙断片④(1990年3月・最後の手紙)


ゴッドちゃんへ


もう てがみは かかない

だって もう はなれてないから


きみは わたしの なかにいる

わたしは きみの なかにいる


これからは こころで はなす

いつでも どこでも


ありがとう

ずっと いっしょだね


さようなら

いや ちがう


これからも よろしくね


母親の証言(最後)


3月で、手紙はぴたりと止まりました。

神ちゃんの連載が終わったからでしょうか。


でも、あの子の様子は変わらなかった。

相変わらず、誰かに見守られてるような、

安心した表情で過ごしてました。


中学、高校、大学……

普通に成長しました。

手紙のことも、神ちゃんのことも、

口にしなくなりました。


でも、今でも時々思うんです。


あの子は、本当に手紙を出してたんじゃないかって。

どこか、私たちには見えない場所に。

そして、返事をもらってたんじゃないかって。


だって、あんなに幸せそうだったから。

あんなに安心してたから。


信じていたから、幸せだったのかもしれません。

いえ、違うな。


幸せだったから、信じられたのかもしれません。


記者のメモ(取材後)


佐藤さんの娘さんの手紙。

切手も住所もない手紙。


でも、確かに「届いていた」のだと思う。

宛先は外部ではなく、

彼女自身の内部。


神ちゃんは最初から、

読者の中にいた。

読者が作り出し、

読者が育て、

読者が宿した存在。


手紙は独り言じゃない。

自分との対話。

内なる神ちゃんとの交信。


ほんとうに"誰か"に届いていたのかもしれない、と思ってしまった。


その"誰か"は、

彼女自身であり、

神ちゃんであり、

すべての読者である、

「きみ」なのかもしれない。


追記(後日)


佐藤さんから連絡があった。


「あの後、屋根裏を整理してたら、

娘の手紙が全部出てきました。

捨てずに、取ってあったみたいです」


「全部で87通。

全部、開封されていました」


「誰が開けたのか、わかりません」


「でも、每一通の裏に、

鉛筆で薄く返事が書いてありました」


「『うん』『だいじょうぶ』『みてるよ』」


「娘の字じゃありません。

でも……娘の字にも見えるんです」

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