第29話『集団回帰現象』

市立かえで小学校 緊急報告書

報告日:2025年4月24日

報告者:校長 田中正和

宛先:市教育委員会


事案の概要

4月15日より、本校において児童の集団的異常行動が確認されています。

「G現象」と仮称し、以下報告いたします。


発端:4年2組児童(9歳女子)が古い漫画の切り抜きを持参

経過:1週間で全校児童の3割(約180名)に拡大

現状:制御困難な状況


時系列記録

4月15日(月)

4年2組で児童が「神ちゃん」の切り抜きを回覧。

担任が注意するも、休み時間に拡散継続。


4月16日(火)

複数学年で「祈りの輪」確認。

「だいじょうぶ」「みてるよ」の詠唱。


4月17日(水)

集団登校拒否 第1波(27名欠席)

理由:「神ちゃんに会いに行く」


4月18日(木)

保護者説明会実施。

一部保護者(40代)が「私たちも経験した」と発言。

会場騒然。


4月19日(金)

集団登校拒否 第2波(45名欠席)

登校児童も授業に集中せず。

「お祈りの時間」を要求。


4月22日(月)

全校朝会で指導するも効果なし。

むしろ「隠れて活動」が活発化。


4月23日(火)

給食時、約100名が同時に「感謝の祈り」。

職員室でも制止できず。


4月24日(水)

現在、全校の約3割が何らかの関連行動。


児童の具体的行動

1.特定時刻(14:14)に一斉に北東を向く

2.「神ちゃん語」での会話

3.大人の指示に対する集団的無視

4.「信じる子」「信じない子」の選別

5.謎の印(星形)を描く行為


保護者アンケート結果(回答数:234/400)

Q1:お子様の変化について

「急に明るくなった」:45名

「不気味なくらい素直」:67名

「親より"何か"を優先」:89名

「変化なし」:33名


Q2:対応について

「様子を見る」:78名

「積極的に止める」:41名

「むしろ良い影響」:23名

「自分も昔...」:92名


自由記述(抜粋)

母親A(42歳):

「正直、懐かしい。私も小3の時に...でも、あの時の記憶が曖昧で」


父親B(41歳):

「妻が『またか』と呟いた。聞くと黙り込む。何か知っているようだ」


母親C(39歳):

「子供が毎晩窓に向かって手を振る。誰もいないのに」


SNS投稿ログ(#かえで小)

投稿1(4月20日):

「うちの子が給食を窓の外に投げた。『神ちゃんの分』だって」


投稿2(4月21日):

「クラスLINEが神ちゃん語で埋まってる。大人は入れない世界」


投稿3(4月22日):

「娘が『35年前にも起きた』と。なぜ知ってるの?」


投稿4(4月23日):

「集団下校の列が勝手に方向転換。北東へ向かおうとした」


投稿5(4月24日):

「もう止められない。むしろ止めない方がいいのかも」


専門家の見解(児童心理学・山田教授)


これは「集団回帰現象」の典型例です。


親世代の抑圧された記憶が、

何らかのきっかけで子世代に「伝染」する。

遺伝的記憶ではなく、文化的ミームの再活性化。


ただし、これほど急速で広範囲な事例は、

学術的に説明困難です。


まるで「何か」が呼びかけ、

それに子供たちが応答しているような...


(以下、判読困難)


校長の追記(手書き)

正直に書きます。


もう、どうしていいかわからない。

子供たちの目が、日に日に変わっていく。


大きくなっているような気がする。

まるで、あの漫画の...


いや、気のせいだ。

疲れているだけだ。


でも、昨日、私も夢を見た。

光の中を、子供たちと歩く夢を。


とても、幸せな夢だった。


記者の語り


客観的に見れば、集団ヒステリーだ。

保護者の不安が子供に伝染し、

SNSで増幅される現代的現象。


そう、分析すべきだ。


でも——


「たしかに、"それ"は起きていた」


なぜ私は、こう書いてしまうのか。


かえで小の位置を地図で確認する。

1990年の廃寺跡から、ちょうど3.2km南西。


偶然?

いや、たぶん...いや、きっと...


だめだ。

私も巻き込まれている。


でも、確かに何かが起きている。

それは、否定できない事実だ。


たぶん。

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