第20話『手帳のことば』
手帳発見の経緯
2025年4月5日
都内古書店「記憶堂」にて
店主から連絡があった。
「神ちゃん関連の品が入荷した」と。
持ち主は、田村正弘氏(仮名・45歳・会社員)。
先月急逝。遺品整理で出てきたという。
黒い革の手帳。
1990年から使用。
35年間、毎日持ち歩いていたらしい。
手帳の内容(抜粋)
最初のページ
「神ちゃんのことば」
丁寧な字で書かれたタイトル。
その下に、注意書き。
「毎朝読むこと」
「信じること」
「疑わないこと」
神ちゃんの言葉(書き写し)
1ページ目
つらくても だいじょうぶ
かならず よくなるから
みてるよ ずっと
3ページ目
あなたは ちゃんと生きてる
まちがってない
しんじて すすんで
7ページ目
ころんでも だいじょうぶ
なんども たちあがれる
そういうちからが あるから
12ページ目
ひとりじゃないよ
みんな つながってる
みえないいとで
18ページ目
あしたは もっと いいひ
きのうより きょう
きょうより あした
25ページ目
だいじょうぶ
だいじょうぶ
だいじょうぶ
(この言葉だけで1ページ)
手帳の中盤(2000年頃の記述)
文字が震えている。
でも内容は同じ。
追記らしきメモ:
「就職決まった。神ちゃんのおかげ」
「結婚できた。神ちゃんのおかげ」
「娘が生まれた。神ちゃんのおかげ」
全部うまくいった理由——
それは、毎朝この言葉を読んでいたから。
遺族(妻)への聞き取り
記者:ご主人は、この手帳を?
妻:毎朝、必ず開いてました。5分間、じっと読んで。35年間、一日も欠かさずに。
記者:内容について話は?
妻:いえ、一度も。聞いても「お守りみたいなもの」としか。でも、あれは祈りでしたね。
記者:祈り?
妻:はい。まるで教典を読むような……でも、最後の方は——
記者:最後は?
妻:怖がってました。手帳を開くのを。でも、やめられないって。「読まないと不安で死にそう」って。
手帳の最終ページ
2025年3月10日(死の1週間前)の記述。
文字が崩れている。
まるで別人が書いたような。
「これからは わたしが きめる」
この一文だけ。
筆跡が違う。
子供のような丸い字。
その下に、田村氏の震えた字で:
「誰が書いた?」
「俺じゃない」
「でも俺の手帳」
「助けて」
記者の分析メモ
こんなセリフが、漫画にあったのか?
いや、違う。
これは神ちゃんの「表向き」の言葉じゃない。
もっと深い、個人的なメッセージ。
田村氏は、何を受け取っていたのか。
そして最後に、何に支配されたのか。
古書店主の証言
「手帳を開いた時、変な感じがしました」
「中から声が聞こえるような」
「『よんで』って」
「だから、すぐに閉じました」
現在、手帳は記者が保管。
開くたびに、言葉が増えている気がする。
いや、気のせいだ。
きっと気のせい。
でも、今朝、新しいページに文字があった。
「きみも まいあさ よんで」
「そしたら うまくいくよ」
「ぜったい」
私は、書いていない。
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