たたかえ!みんなの神(ゴッド)ちゃん

第1話『発見』

取材記録:消えた出版社を巡って


記者:■■■■

2025年3月15日


 「出版不況の30年」という特集企画で、廃業した中小出版社を回っている。

 本日は13社目、1995年倒産の「コドモジャック出版」。

 子供向け月刊誌で一世を風靡したが、ある時期を境に急速に部数を落とした。


14:00

  第三倉庫到着。管財人立ち会いのもと入室。

  予想通り、返本の山。だが妙なことに気づく。

  通常、返本は段ボールに無造作に詰め込まれているものだが、

  ここの一角だけ、まるで「隠すように」積まれている。


14:15

  管財人への聞き取り

  「これ、何か特別な返本ですか?」

  「さあ……私も詳しくは。 ただ、当時の指示書には

  『第三倉庫奥、触れずに保管』とだけ」

  指示書の日付:1990年3月31日。

  署名部分は経年劣化で判読不能。


14:30

  該当エリアの調査開始

  ビニールシートで厳重に覆われた一角。

  埃の積もり方から、30年以上開封されていないと推測。

  シートを剥がすと、『月刊コドモジャック』1989年4月号〜1990年3月号。

  全て同じ号が束になっている。回収品?


14:45

  内容確認

  表紙を開く。目次に見慣れない作品名。

 『たたかえ!みんなの神(ゴッド)ちゃん』

  作者名:天川ひかり(調査要)

    

  最初の違和感——キャラクターの目が、異様に大きい。

  いや、大きいという表現では不十分だ。

  顔の3分の1を占める瞳。その中に星のような光の粒子。

  80年代末期の絵柄にしても、これは……。


15:00 

  作品内容の記録

  主人公「神ちゃん」の台詞を書き写してみる。

    

  「だいじょうぶ みんな まもってあげる」

  「しんぱいしないで ぼくが いるから」

  「ずっと みてるよ きみのこと」

    

  子供向けとしては、妙に……なんと言えばいいのか。

  独特だ。詩のようにも、呪文のようにも読める。


15:20

  1990年3月号の異変

  この号から急に紙質が変わっている。

  というより、ページの一部が——破られている?

  いや、切り取られたのでもない。

  まるで最初から「なかった」かのように、ページ番号が飛んでいる。

  P.42からP.51が存在しない。神ちゃんの掲載部分だ。


15:35

  付箋の発見

  束の間に、黄ばんだ付箋。走り書きのメモ

  「検閲済 要回収 文科省通達2号準拠」

  その下に、震えたような筆跡で追記。

  「でも子供たちは覚えている」


15:45

  管財人が突然

  「そろそろ時間ですので」

  まだ1時間も経っていない。契約では3時間のはずだった。

  「すみません、急用を思い出しまして」

  彼の顔が青ざめている。何を見たのか?


16:00

  倉庫を出る

  数冊だけ、資料として持ち出し許可を得る。

  管財人は最後にこう言った。

  「それ、本当に記事にするんですか?」

  「ええ、貴重な資料ですから」

  「……お気をつけて」

  何に気をつければいいのか、聞き返す前に扉が閉められた。


19:30

  帰宅後、自宅にて

  改めて『神ちゃん』を読む。

  ストーリーは単純だ。神ちゃんという不思議な存在が、

  子供たちの悩みを解決し、励まし、導いていく。

    

  だが、読み進めるうちに気づく。

  神ちゃんは一度も「戦っていない」。

  タイトルは『たたかえ!』なのに。

    

  代わりに繰り返されるのは、こんな言葉だ。

  「しんじて」

  「まってて」

  「かならず たすけるから」

    

  そして読者に向けたような、直接的な語りかけ。

  「きみも できるよ」

  「ひとりじゃないよ」

  「みんな つながってる」


調査継続の覚書:

・天川ひかり氏の所在確認

・1990年3月の文科省通達内容の調査

・編集部関係者へのコンタクト

・読者だった世代(現在40代前半)への聞き取り


 この作品には、まだ何かがある。

 「回収」される理由が、単なる表現問題とは思えない。

 明日、国会図書館で当時の新聞を調べよう。

 1990年3月に、何が起きたのか。

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