第1章 1-16 声の交わる場所

病室を満たす沈黙が重くのしかかっていた。

俺が《神の義眼》について語り終えた後、誰もすぐには口を開けなかった。


その沈黙を破ったのは、娘だった。

「……お父さん。さっきステータスに出てたけど、今のレベル、本当に二十なの?」


俺は喉を鳴らしながら、光のパネルを示す。

「……ああ、見ての通り二十だ」


「俺たちも二十だ!」

高坂が勢いよく声を上げ、橘、三浦、藤堂も次々に頷いた。


レベルを犠牲にする装備を使ったはずなのに、入った時より上がっている。

その事実に、全員が一瞬きょとんとし――やがて、信じられないものを見るような顔で息を呑んだ。


スタリーナが腕を組み、低く言った。

「不思議でも何でもない」

紅い瞳が細められる。

「エンペラー討伐だ。ウチらも、まとめて上がってる」


「……相殺、ですか?」

桐生が即座に理解し、確認する。


「そうだ」

スタリーナは短く頷いた。

「レベルを“燃料”にして戦った。

その直後に、格が違う獲物を仕留めた。

帳尻が合っただけの話さ」


ギルド側の人間が息を呑む。

理屈は通るが、前例がない。


「つまり……」

夢香が低く呟く。

「死ぬ一歩手前まで削って、即座に特級討伐報酬で押し戻された……?」


「そういうことだ」

スタリーナは淡々と言った。

「だからこそ、危うい」


その言葉で、空気が変わった。


「……お父さん」

夢香は立ち上がり、真っ直ぐに俺を見据える。

「〈銀の盾〉に入るんだよね?」


その一言で、空気が張り詰めた。


「待ちな」

低く割って入ったのは、スタリーナだ。

「ウチに来い。家族として迎える。あの連中も含めてな」


高坂たちが一瞬、顔を見合わせる。

戸惑いと緊張が隠せない。


「それは認められません」

即座に桐生が立ち上がった。

「彼らはギルド直轄クランが運営する学校の生徒です。将来は直轄部隊に入る予定です。

そして佐伯さん、あなたもギルド職員として採用が内定しています」


「え……直轄……?」

三浦が小さく呟き、すみれも眉をひそめる。

仲間たちの間に、ざわめきが走った。


重苦しい空気の中、すみれが恐る恐る問いを投げた。

「……剣姫と佐伯さんは、本当に親子なんですか? それと……奥様は? スタリーナさんの言葉だと、独り身なんですか?」


「質問攻めね」

夢香がため息をつき、冷笑を浮かべる。

「お父さんが独身なのは、女グセが悪いから」


汚物を見るような瞳に射抜かれ、俺は胃を押さえた。


スタリーナはおかしそうに肩をすくめ、さらに追い打ちをかける。

「なら余計に家に来な。パートナーのいない娘なら、何人でも口説き放題だぞ」


「ふざけないでください!」

桐生が机を叩く勢いで声を張り上げた。

「佐伯さんはギルドに入って、真っ当な人生を送るべきなんです!」


「制度で守るか」

スタリーナは鼻で笑う。

「家として守るか――違いはそこだ」


「ギルドは未来を保証します」

桐生が一歩も引かずに言い切る。


「銀の盾でも同じことだ」

「家なら家族として守る!」

「ギルドなら未来が保証されます!」


夢香、スタリーナ、桐生――三人の言葉がぶつかり合い、

豪華な病室は一瞬にして修羅場と化した。


俺はというと、ギルドが用意した特別室の椅子に深く沈み込んでいた。

大理石調の壁、小ぶりのシャンデリア、分厚い革張りの応接椅子。

病人には似つかわしくない贅沢な空間に囲まれても、逃げ場などどこにもない。


(……結局、俺はただの道化師か)


心の奥でそう呟いた、その時だった。


「――少しいいかな?」


低い声が響き、全員の視線が扉に向いた。

重々しい足取りで入ってきたのは、東船橋支部の支部長・白石剛志。

その両脇には、日本最大のクラン〈銀の盾〉の団長・大賀鉄心、

そしてその傘下にあたる〈龍の吐息〉の団長・竜崎嶺二の姿があった。


「ノックはしたんだが返事がなくてな……勝手に入らせてもらった」

白石が淡々と告げると、病室の空気が一気に引き締まった。


空気が、一段重くなる。


白石が一歩前に出て告げた。


「話の途中ですまない。だが、ここからは公の話だ」


続いて、大賀が静かに説明する。


「今回の戦闘で回収された紅い小剣と紅い軽鎧。

ギルド規約上、発見者の所有物だ。

ただし――元の所有者が判明している場合、返還の意思を確認する場を設ける」


竜崎が一歩前に出た。

深く、頭を下げる。


「佐伯浩一さん。皆さん」

声は抑えられているが、震えは隠せない。

「……お願いがあります」


視線が自然と集まる。


「君たちが持ち帰った紅い小剣と紅い軽鎧のことです。

規約上、あれは発見者の所有になります」

一度、言葉を切った。


「だが……あれは、全滅した我がクランの仲間の装備でした。

その中で、ただ一人――妻子を残した者がいます」


竜崎は拳を握り締める。


「……規約のことは承知しています。

所有権が皆さんにあることも、理解しています」

「それでも――どうか、買い取らせてはもらえないでしょうか」

「金額については、こちらが最大限誠意を尽くします」


そして、言葉を絞り出す。


「……ただ、家族のもとへ返してやりたい。それだけです」


沈黙。


俺は仲間たちと視線を交わし、頷いた。


「……金はいりません」

静かに告げる。

「戦闘でかなり傷みました。それでもよければ、持っていってください」


高坂が即座に言った。

「俺たち、あれに助けられました。だから……返すのが一番です」


橘、三浦、藤堂も続いて頷く。


竜崎は、言葉を失ったように頭を下げた。

「……ありがとう」


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


スタリーナがぽつりと告げる。

「命を繋いだ装備だ」

視線を伏せる。

「困ることがあれば、うちも力を貸す」


その言葉に、竜崎はさらに深く頭を下げた。


病室に、ようやく温度が戻り始めていた。

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