一章

あの日の公園は冷たく、初冬の匂いで満ちていた。ベンチの縁に積もった落ち葉が、灯りにゆらめき銀色に光る。遺体が見つかった場所は、公園の通りに面していない死角だった。足元にはスマートフォンの破片、近くの茂みには血のついたハンカチ。それに、決定的だったのは一枚の写真だった。

写真は粗い現像で、暗がりに二つの影を写していた。ひとつは人影の輪郭がかすれ、もうひとつは犯行の痕跡を残していた。警察の現場担当はそれを証拠として押さえ、解析の結果を元に相沢を絞った。防犯カメラの断片と相沢の行動が表面的に合致したのだ。

だが捜査メモの端には、小さな走り書きがあった「封筒」「赤いラベル」「複数の影」その小さな字が、後に膨らむ騒動の伏線になるとは誰も思わなかった。

相沢と俺が会ったのは、逮捕の数日前。駅前の古い喫茶で、彼は手袋の先を擦り合わせながら座っていた。肌は白く、目は沈んでいる。だが彼の声には奇妙な浮遊感があり、笑みはどこか達観していた。

「押尾さん、君はあの夜どこにいた?」刑事さんに聞かれる。俺は答えられなかった。正しくは答えたくなかった。だけれど嘘はつけない。真実は硬く、嘘は柔らかい。俺は終始黙っていた。

あの日俺が喫茶で受け取ったものは小さな封筒だった。厚みがあって、隠すように渡された。表には何も書かれていない。彼の手は震え、言葉の端にはちょっとした謝罪があった。なぜ渡されたのか、なぜ受け取ってしまったのか、自分でもうまく説明できない。

翌朝、ニュースで相沢の逮捕を知った。写真と断片が編集され、彼は「現場にいた男」として確定的に扱われた。だが俺の中には疑問が残った。封筒の中身は何だったのか。どうして俺に渡したのか。封筒が消えた位置と時間はどう説明されるのか。警察の速度と世論の速度は違った。世論は断片を迅速に繋ぎ合わせてしまう。俺は、あの封筒にささやかながら引っかかっていた。

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