第3話 デートの不在

「ここのカフェ、雰囲気いいでしょ!」


 彼女――佐伯彩花は、胸を張って言った。

 僕は笑顔を作りながら、しかし目の前の“奇妙な光景”から目を逸らせなかった。

 テーブルのあちこちが、ぽっかりと空白になっている。

 椅子には人が座っている……はずなのに、そこには「無」しかない。

 カップだけが宙に浮き、カチャカチャと音を立てて動いている。


「いやあ、ほんと混んでるな」


 思わず口にすると、彩花が平然と答える。


「え? 空いてるじゃない。だって、ウザい客は全部消してあるもん」


 にっこり笑いながら、彼女はスマホを軽く振った。


「隣でクチャクチャ食べてた男も消したし、注文遅い店員も消したし」


 僕はぎこちなく笑って頷いた。

 ――便利だ。便利だけど。

 ……このテーブルの上で、一人分のパンケーキがナイフとフォークで勝手に切られているのは、やっぱり怖い。


◇◇◇◇


 デートの帰り道、彼女は楽しそうに僕の腕を取って歩いていた。

 ふいに立ち止まり、こう言った。


「ねえ、正直言うとね――この前、裕作のこと消したことあるんだ」


 僕は足を止めた。


「……は?」

「ちょっとウザいなって思ったときにさ。ほら、LINE既読つけないでほしいとか、あるでしょ? そういう時にサッと」


 ケラケラ笑いながら彼女は続ける。


「でも、安心して! すぐ解除したから!」


 僕は口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。


 ――つまり、その間、僕は彼女の世界から「いなかった」わけだ。


 「ねえ? そんな顔しないでよ。……消されたぐらいでショック受けるの、ダサいよ?」


 軽口のように言う彩花の声が、なぜか遠ざかっていくように聞こえた。


 ***


 帰宅後、布団に潜り込みながら考えた。

 僕が消えている間、彼女は何をしていたんだろう。


 僕のことを思い出すことはあったのだろうか。


 それとも――僕がいないことすら、気づかなかったのだろうか。


 時計の秒針がやけに大きく響く。

 「いない」ということは、こんなにも簡単で、こんなにも軽いのか。

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