第2話 初めての消去

 会社で一番苦手な人間といえば、やはりあの人だ。

 総務部の山田先輩。

 仕事を頼めば十倍にして返してくるし、世間話を振られれば一時間は捕まる。

 昼休み、僕がコンビニ弁当を口に運ぼうとするたびに現れては、なぜか自分の青春時代の武勇伝を語り出す。

 僕の弁当は、いつも冷たくなる。

 

「早田ぁ、昨日はよぉ――」


 その日も、まさに唐揚げを噛もうとした瞬間、あの声が背後から降ってきた。

 反射的に、僕はポケットから端末を取り出していた。


 指先が勝手に《非表示リスト》のアイコンを押す。

 スクリーンに「山田正彦」の名前が浮かぶ。



 ――消しますか?

 はい/いいえ



 「はい」をタップした。



◇◇◇◇


 次の瞬間、僕の目の前から山田先輩は跡形もなく消えていた。

 声も、匂いも、存在感すら消えて、机の横に空白が残るだけ。

 唐揚げを口に入れる。誰にも邪魔されない。

 久々に、温かいうちにご飯が食べられた。

 ……感動して、思わず涙ぐみそうになる。


 

「なんて快適なんだ……!」


 だが同時に、僕の胸に冷たい感覚が広がっていた。

 目の前の「空席」が、異様に不自然に見えるのだ。


 まるで椅子だけが宙に浮いているようで、周囲の空気が歪んでいるように感じる。

 隣の同僚に「なあ、山田先輩、今日は休み?」と聞いてみた。


 同僚は一瞬ぽかんとした後、首をかしげた。


 「山田? ……ああ、いたっけそんな人」


 ――もう、存在そのものが「なかったこと」になっているのか?


 背筋がぞわりとした。

 そのとき、机の下に視線を落とすと、床に落ちている山田先輩の名札だけが目に入った。


 そこだけ現実に残されたように、白いプレートが光っていた。

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