長命エルフの千年工房 ～田舎でのんびり魔具を作ってるだけなのに、いつの間にか神様扱いされていた～

第30話 真昼間の酔っ払い

「ぷは～っ！　うまい！」

　私はコップに注いだ酒を飲み干し、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。

　メイベル退治のお礼としてファザール村からいただいた日本酒だ。

　正直、現代日本にいた頃は酒にはあまり興味がなかった。アルコールよりも炭酸飲料のほうが身体に馴染む気がしたのだ。

　しかしこの日本酒はどういうわけか、めちゃくちゃ美味い。

　酒造技術は未熟なはずなのに、五臓六腑に染み渡るような感覚が全身を貫くのだ。

　適度な労働が影響しているのかな？　毎日終電だった頃は疲れすぎて酒どころじゃなかったしね。やっぱりブラック企業は軒並み滅ぶべきだ。

「メイベルも飲む？」

「やめておくわ」

「何で？」

「あんたが酔いつぶれた時に寝首を掻くためよ。私まで酔っ払って前後不覚になってたら、奇襲が成功しないでしょ？」

「〈電気首輪〉があるから何をしても無駄だよ？」

「このクソエルフめが！」

　メイベルは吹っ切れたのか、柄杓で酒樽から酒をすくってゴクゴクと飲んだ。

　私はそれを見てケラケラと笑ってしまった。すでに酔っ払っているのかもしれない。身体がポカポカしてきた。

「ほらメイベル、お酒のおつまみもどうぞ」

「いただきますっ」

　皿の上のビーフジャーキーをつまんでむしゃむしゃと頬張る。

　牛肉を干したものだ。ファザール村では間食として重宝されている一品である。

　その隣の皿には、塩だけで作ったポトフも用意してあった。メイベルはフォークでにんじんを突き刺しながら、恨めしそうな視線を向けてくる。

「何でこの家の料理ってこんなに美味しいの？　こないだ出てきた肉じゃがとかも信じられないくらい最高だったし」

「本当はもっと調味料や食材があればいいんだけどねえ。色々な種類の野菜を栽培できるように頑張るよ」

「あんたって本業何？　農民？」

「何だろうねえ。あははは」

「まあどうでもいいわ。食べられるだけ食べてやる」

　そう言ってメイベルは一心不乱でおつまみに食らいつく。

　それを見たウィリアムが、呆れた様子で欠伸をした。

『……恐ろしいほど順応しているな。魔物とは思えん』

「どこかの誰かさんが首輪をつけたせいで順応せざるを得ないのよ！」

『どうでもいいが、お前はいつまでただ飯食らいを続ける気だ？　シルトのように、工房のために働こうとは思わんのか？』

　メイベルは「ひっく」としゃっくりをした。

「そういうあんたはどうなのー？　寝てばっかりで何もしてないじゃない」

『吾輩は主の飼い猫だから問題ないのだ』

「じゃー私も飼い悪魔になるー」

　メイベルが笑いながら私の腕にしがみついてきた。酒くさい。いや私も酒くさいのか。おんなじだ。あははは。

『情緒不安定な輩だな……敵対するのか甘えるのか、どっちなんだ』

「今は甘えるの～。ね～イトールカ～♡」

「おー、好きなだけ甘えたまえー」

　完全に酔っ払いのノリだ。メイベルも１杯飲んだだけでべろんべろんになっている。

　まあ、今日はもう仕事をするつもりもないので大丈夫。

　昼間っから酒飲んでも怒られないなんて、スローライフは最高だ。……いや、これスローライフなのか？　まあ細かいことはいいか。

「ルカ様！　ただ今戻りました！」

　ドアベルがからんからんと鳴る。石鹸の販売を任せていたシルトくんが帰ってきたようだ。ついでに魔具も訪問販売させておいたはずだが、売上のほどやいかに。

「たくさん売れましたよ。僕が作った〈火拳〉は完売、石鹸も９割方売れちゃいました。さすがはルカ様です」

「ほー。それはよかったよかった」

「やったやった♡　やったった～♡」

「……あの。ルカ様とメイベルさん、酔ってますか？」

　何故かシルトくんがドン引きしている。

　残念な生き物たちを見るような目で見ないでほしい。

　そこでふと、ぼんやりとした視界の向こうにもう１人の顔を見つける。

「おろ？　クロエさん、来てくれたの？」

「あ、はい。お邪魔します」

「あら、人間！　新しい人間よ！　ほらあんた、私の酒を飲めー！」

「いえ、あの、ちょっと……」

　メイベルがクロエさんに酒の入った柄杓（ひしゃく）を突き出していた。どうでもいいけど滅茶苦茶こぼれてるよね？　後でちゃんと掃除しておいてね？

　クロエさんは少し戸惑っていたが、やがて覚悟を決めて柄杓の酒を飲み干した。

　ものすごい飲みっぷりである。

　この人には酒飲みの才能があるのかもしれない。

　クロエさんは、「ふー」と息を吐き出してから私に向き直った。

「ありがとうございました。つきましては、私からのプレゼントも受け取ってください」

「ん？　プレゼント……？」

　どん！

　テーブルの上に叩きつけられたのは、文字の書かれた羊皮紙である。

　そしてクロエさんは、あまりに予想外な取り引きを持ちかけてくるのだった。

「これは領都への旅行券、のようなものです。ルカさんには、日頃の感謝を込めて領都をご案内しようかなと……だ、駄目ですか……？」

「…………」

　あー……。

　これ絶対、領主に命令されたやつだ……。